テオは自身のインスタグラムにメッセージを投稿。「このクラブで6年間を過ごし、別れを告げる時が来た。2019年、夢と希望、そして歴史に彩られたユニフォームを着るという興奮を胸にミランへ来た。セリエA制覇やスーペル・コッパ優勝など、忘れられない瞬間も経験した。そして何よりも、素晴らしいみんなとロッカールームを共にできた。そして今日、僕はミランを去る」とし、感謝を綴っている。

「チームメイトや僕を信じてくれた監督、特にパオロ・マルディーニには心から感謝している。そして、良いときも悪いときも僕を常に支えてくれたサポーターにも感謝したい。僕にとっては忘れられない特権で、永遠に心に刻み続けるよ」

一方で、テオ・エルナンデスはクラブ上層部への不満も綴っている。

「退団の決断は簡単じゃなかった。自分がどこにいたいかはわかっていたし、ミランは常に最優先だった。でも残念だけど、すべてが1人の人間で決められるわけじゃない。最近のクラブの方向性やいくつかの決定は、僕をここまで導いた価値観や野心を反映するものじゃない」

そのうえで「僕は誇りを持ってこのクラブを去る。常に全身全霊を捧げ、ファンと同じ夢を共有できたからね。ミランはいつまでも僕の一部。フォルツァ・ミラン、センプレ」

DFカリドゥ・クリバリやDFジョアン・カンセロ、GKヤシン・ブヌといった面々との豪華守備陣を形成することになりそうだ。なお同じLSBにはロディもいます。

https://news.yahoo.co.jp/articles/ae95a07e4d29fcbac3db8206ee14e8320be7496a

一部:VOICEVOX:青山龍星

フェルナンド・トーレスは元CBの父ジャン=フランソワ、息子のリュカどちらとも同じピッチに立っています。

当時のテオ・エルナンデスのパートナー、アドリアナ・ポスコは元々熱狂的なアトレティコ・マドリードファンだった彼女はアンチレアル・マドリーを公言していたのですが、2017年に当時テオ・エルナンデスが所属していたアトレティコからレアル・マドリーに移籍が決まると態度が一変しアトレティコサポーターからブーイングを浴びるという事態になったことも。

ACミランとはサラリーの面で合意できなかったようです。
スケールが大きいプレーでマドリー加入時にはベイル2世とも言われ期待されていました。
しかし、相方のラファ・レオンと共にプレーの面でムラが激しさ、フォンセカ時代のストライキの噂など扱いづらい選手のイメージがついてしまったため、強豪クラブから具体的なオファーが届かず、わずか27歳で中東に渡ることになったと言われています。

Share.
Leave A Reply