「あの日はブラジル代表に勝った歴史的瞬間だった。そして次は日本の番だったね」と先日のブラジル代表に勝利した日本代表についても軽く触れていました。
当時はベスト16で日本代表も敗れていて、日本のサッカーファンもベルギーの底力は嫌というほど理解しているはず。ベルギーにとって残念だったのは、あの世代でEUROやワールドカップのタイトルをゲット出来なかったことだ。あの黄金世代に匹敵するチームはそう簡単には作れないだろう。
アザールがプレミアリーグの殿堂入り!
2021年よりスタートしたプレミアリーグのホール・オブ・フェイムは、1992-93シーズンに開幕したプレミアリーグにおいて、輝かしい実績を残してプレミアリーグに多大な貢献をした人物を認定し、表彰する個人賞として知られる。なお、プレミアリーグが個人に与える栄誉として、最高峰のものとも定義されている。
対象となる選手は、プレミアリーグ通算250試合以上の出場を果たしている必要がある。同条件に満たない場合でも、1つのクラブでプレミアリーグ200試合以上の出場、10周年&20周年記念チームへの選出、ゴールデンブーツ(得点王)の受賞、ゴールデングローブ(シーズン最多の無失点GKに贈られる賞)の受賞、年間MVPの受賞、3度以上のプレミアリーグ優勝、プレミアリーグ通算100得点以上、100試合以上のクリーンシート(※GKに限る)を達成している場合は、ホール・オブ・フェイム入りの対象となる。授与シーズンの前年度までに現役を引退していることも条件で、FAカップ、EFLカップ、チャンピオンシップ(イングランド2部リーグ)等、国内の異なる大会で収めた実績は評価の対象とはならない。
初代受賞者は2名。ブラックバーンやニューカッスルで得点を量産し、プレミアリーグ通算で史上最多となる260ゴールを挙げた元イングランド代表FWアラン・シアラーと、アーセナルで活躍し、プレミアリーグ得点王を史上最多タイの4回勝ち獲った元フランス代表FWティエリ・アンリだった。
以降、マンチェスター・ユナイテッドで活躍した元イングランド代表MFデイヴィッド・ベッカムや同FWウェイン・ルーニー、アーセナルで活躍した元フランス代表MFパトリック・ヴィエラや元オランダ代表FWデニス・ベルカンプ、リヴァプールで活躍した元同代表MFスティーヴン・ジェラード、チェルシーで活躍した元同代表MFフランク・ランパードや同DFジョン・テリー、マンチェスター・シティで活躍した元ベルギー代表DFヴァンサン・コンパニや元アルゼンチン代表FWセルヒオ・アグエロなど、数々の名選手が栄誉に輝いてきた。また、監督としても、マンチェスター・ユナイテッドを率いたサー・アレックス・ファーガソンと、アーセナルを指揮したアーセン・ヴェンゲルの2名が名を連ねている。
そんなプレミアリーグのホール・オブ・フェイムに、今回、2022-23シーズンをもって現役を引退したアザールが選ばれた。2025年に入ってからのホール・オブ・フェイム入りは、かつてマンチェスター・ユナイテッドのキャプテンとして活躍した元イングランド代表DFガリー・ネヴィル以来、2人目となる。
アザールは2012年夏にリールからチェルシーへ完全移籍加入すると、“ブルーズ”のエースとして長年にわたって活躍。2014-15シーズンからはクラブの背番号10を託されると、同シーズンはプレミアリーグのMVPにも選出された。2019年夏にレアル・マドリードへ完全移籍するまで、7年間でプレミアリーグ通算245試合に出場し、85ゴール57アシストを記録。データサイト『Opta』によると、在籍期間内を対象としたドリブル数、ドリブル成功数、チャンスクリエイト数、被ファウル数が1位だという。2014-15シーズンと2016-17シーズン、2度にわたってプレミアリーグのトロフィーを掲げた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/aa710232194dc30f9146ceb2e5008c6f2d8f4260
一部:VOICEVOX:青山龍星
カラスコにシャドリにヤヌザイにバチュアイにミニョレにフェルメーレンと若手時代のティーレマンスがいました。
そしてなにより個人的にスーパーな重戦車だと思っていたムサ・デンベレもいて本当にまごうことなき黄金世代でした。
こうして振り返ると、日本代表が彼らをギリギリまで追い詰めたというのは、改めて評価されるべきなのかもしれません。
当時ももちろん「え!?うそ勝っちゃうの!?あのアザールたちに!?すげぇ!」と喜びのパニックに陥りましたが笑
今でも彼のシャツを持っています。
「ジダンが認めた天才」という触れ込みでやってきた彼のチェルシーデビュー戦。試合前のカメラワークが素晴らしくて今でもあの高揚感を忘れられません。
私自身アイドルの1人で、彼のプレーにはかなり影響されました。
多彩なワンタッチフリック、背負った状態からのターンからのボールキャリー、ドリブルのコース取りなど私自身に染み付いています(そして30-50mドリブルで運ぶことのしんどさと、それほど周りから評価されない悲しさを知りました笑)
同胞ムニエのタックルによって彼のキャリアは終わりましたが、彼はロナウジーニョのようなブラジル人的なプロ意識だったので、どちらにしろキャリアは短命だったかもしれません。