アイルトン・セナ。1994年5月1日。直後のプロスト。TF1インタビュー映像。*2023年4月21日撮影
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😁ご覧いただきありがとうございます😁
ムッシュ・サトーPresentsでお届けする『F1』チャンネルです🏎
ヨーロッパ発のF1ニュースをどこよりも分かりやすく、正確にお伝えします。

⭐️チャンネル開始: 2022年1月30日
大学卒業後、約15年間ジャーナリストとして様々な雑誌・WEBに文章を書いてきましたが、自分がもっとも好きなジャンルは『F1』ということで、自由に大マジメにF1トークを繰り広げるこの『F1ブラザーズ』を開設しました。

⭐️プレゼンター『ムッシュ・サトー』について
・東京都世田谷区在住アラフォー
・1990年モナコGPをTV観戦以降、F1にどハマりする
・セナが亡くなった1994年、モナコGPでF1初体験
・F1生観戦歴: モナコ(1994,1995,2014,2015)、日本(2012)、ハンガリー(2018)、シンガポール(2019)

⭐️ジャーナリストとしての輝かしい実績
1.2004年『Number(文藝春秋))』スポーツノンフィクション新人賞最終候補
2.2005年『Number(文藝春秋))』スポーツノンフィクション新人賞最終候補
3.2006年 日本雑誌協会枠でトリノオリンピック現地取材
4.2008年『ブレーン(宣伝会議)』主催の『C(コピー)-1グランプリ』準グランプリ
5.2015年 スイス政府観光協会によるトップ・アーティクル受賞
6. 2017年7月1日 フランスで開催されたマクロン大統領スピーチに、日本人ジャーナリストとして唯一の招待参加
7. 『吉田照美のやる気MANMAN(文化放送)』などラジオ出演歴アリ

😎尊敬するドライバー
ミハエル・シューマッハ🇩🇪 アイルトン・セナ🇧🇷 ニコ・ロズベルグ🇩🇪 アラン・プロスト🇫🇷
*ムッシュ・サトーは1月3日生まれで、シューマッハと同じ誕生日です❗️
*『ニコ・ロズベルグ』チャンネルとのコラボが壮大な目標です❗️

📖ニュースソース
大学在学時フランス留学し、以降フランス、イギリスの新聞・WEB・YouTubeからF1情報を得ています。

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F1に関し『ムッシュ・サトーと話したい』という方、お気軽にご連絡ください❗️
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⭐️理想としているチャンネル
Nico Rosberg
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*究極の目標は『Nico Rosberg』チャンネルとのコラボです❗️

世田谷ベース工作部
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久米*ネット
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古舘伊知郎チャンネル
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⭐️エンディングテーマ
DEAF KEV: アーティスト
Invincible Part2: 曲

*Gopro Hero7 Blackにて撮影
#F1 #セナ #ホンダF1

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39 Comments

  1. 貴重な映像をありがとうございます。セナプロは永遠に不滅です!例え記録を塗り替えられようが個人的にはこの2人が最強にして最大のドライバーであることは不変です。

  2. もうすぐセナの命日5月1日。
    セナの憔悴しきった顔が、1994年の置かれた状況の重苦しさを物語っていますね。
    待ち焦がれて念願叶ったウィリアムズFW16を思い通りに操れないもどかしさ。
    そこに次世代のシューマッハやハッキネンに突き上げらて追い掛けられる危機感。
    プロストのコメントも大変貴重で重いモノですね。
    プロストにとって1982年F1で友人だったジル・ビルニューブが亡くなって以来の悲しい出来事。
    セナが亡くなりプロストが引退した後のF1は、全く別物になったと言う印象でした。

  3. 実は、プロストはセナからの交信を聞いていなかった
    後に自分への最後のメッセージを聞き号泣したらしい
    彼らが最後まですれ違っていたと思うとやりきれない

  4. 給油で危険なこと、悪い予感は的中し、ホッケンではベネトンチームの火災事故が起きました。フェルスタッペンやベネトンのメカニックだけでなく、マクラーレンやフェラーリのメカニックも危なかった。

  5. 94年のF1GPシーズンは、今でも多くのF1関係者やファンからは決して、忘れる事の出来ない
    最悪なシーズンとなってしまいましたね。(>_<)
    今にして思えば、セナが事故で他界してしまった経緯やそこまでの状況に陥ってしまった原因は
    いくつもあると思われます。まず、93年、各F1チームがこぞって採用したハイテクデバイスを
    94年のレギュレーションから一斉に禁止・それにより各チーム、ハイテクシステムの開発を中止し、
    急遽、ハイテク無しのマシン開発を余儀なくさせられてしまった事、イモラでのバンピーな路面コース
    の改修がされず、そのまま危険な状態でレースが行われてしまった事、セナの最大のライバルでもあった
    プロストのF1引退、それに伴うセナのF1レースでのモチベーションの低下、シューマッハやハッキネンなど
    次期F1の時代を担う若手ドライバーの台頭、追う立場から追われる立場に立たされたセナのプレッシャー
    白熱したレース展開をさせる事ばかりに気を取られ、ドライバー達やマシンの安全面での重視を怠った
    FIAの対応・・・それら幾つもの原因が重なりあってのセナとラッツェンバーガーという
    2人のF1ドライバーを事故で失うという最悪の結果を招いてしまったと言っても過言ではないと思います。
    さすがにこの出来事を重くみたFIAは、94年シーズンの間に3度もレギュレーションの変更を行っているんですよね。ウイリアムズチームも前半戦の大敗とセナの事故死をきっかけに何度もテストを重ね、マシンの
    シャシー改良でようやく、まともに闘えるマシンに仕上げるなど、多くの事が改善されるには、
    あまりにも犠牲が大きかったシーズンだったという印象でした。(>_<)

  6. セナは死なない。と当時の自分は勝手に思ってました。クラッシュしてもいつもマシンから必ず降りて来ましたから。でも94年イモラを最後にセナは帰って来ませんでした。それから2000年代初期までF1は見ていませんでした。94年開幕でセナのレーシングスーツが赤から青に変わったのを見て何か違和感を感じたのをよく覚えています。最強マシンに最強ドライバー。今年はセナがチャンピオンだと思ってましたがレギュレーション変更によりマシン開発も遅れ絶不調のセナ。素人ながらウィリアムズを乗りこなせてないように感じてイモラこそは勝利と思いましたが悲しい結末で。レース前は今までに見たことのない力が抜けた表情。そしてプロストへの呼びかけは意外でした。レース直前にも会って言葉を交わしたとか。セナはプロストのことが嫌いだと思ってしまっていたので今後の新しいセナプロの関係にも興味がありました。何かの記事でセナは死ぬ時は一瞬で終わりにしたいみたいなことを言っていたのでこれで良かったのかと考えたり。94年セナが生きていたら最終的にチャンピオンを取っていただろうなと想像。でもセナは今でも自分の中に生きています。いまだにスマホでセナの動画も見ます。身体は天に召されたけど自分の心の中にずっと生きています。

  7. 確かに、仰る通り、最後までTV観戦できる精神状態ではありませんでした
    レース事態覚えて無いです
    あまり関係無いですが、片山右京さんのお姉さんが亡くなり、悲しいレースウィークでした。

  8. セナの負けず嫌いな性格が最悪の結末を迎えてしまった、もし開幕戦やイモラも「勝てなくても最小限のダメージで済む2位6ポイントで良し」とプロストみたいな考えで無理にプッシュしなけりゃ、歴史がどうなっていたか、その時点でセナがセナでないんだろうが。

  9. 日本だと三宅アナと今宮さん、川合ちゃんの泣きながら中継が印象的でしたね。
    次のモナコGPではベンドリンガーが大クラッシュを起こして一時意識不明の重体になって、スペインGPではペドロ・ラミーやアンドレア・モンテルミーニがクラッシュして重体となる事故が多発したために安全性が疑われるようになりました。
    日本GPでは大雨でブランドルがクラッシュするなど呪われた年でした。

  10. セナの事故死はクルマのハンドルを握る資格が無い者がレーシングドライバーをやってることへの天誅

  11. ひどい週末でしたね…

    金曜にはバリチェロが最終コーナー手前で大クラッシュ

    土曜日はラッツェンバーガー
    日曜はセナ死亡事故

    セナの事故後のレース再開中にピットでもピットインしたマシンのタイヤがはずれてフェラーリのメカニックがケガして病院送り

  12. セナの命日、

    この日に

    サイレンススズカが誕生したんだよな、

    ブラジルカラーの勝負服、

    レーススタイル、

    最後の結末、

    まったく一緒だったよな。

  13. セナのコース解説って、ダレにしてるんでしょうか?
    プロストだって、現役の時は何回も走行してるのに…。

  14. プロストはセナの前にも仲の良かったビルヌーブとピローニを亡くしている。
    ピローニが選手生命を絶たれることになった事故は、プロストに後ろからぶつかったことによるもの。

    セナも亡くしたプロストの心を考えると、何も言えないですね。

  15. ゴールデンウィークは思い出してしまいます。もう若い人にはプロスト・セナの名はなじみがない存在でしょうが僕なんかは忘れられないですね。この二人に勝るライバルというは今後見ることはないと思います。

  16. 7:29, 最後までまともに見てましたよ。気になってしょうがないからね。当時をリアルタイムで見てないのであれば、勝手な憶測でものを言わないでもらいたい。

  17. 初めまして、そしてありがとうございます👍️😃 この頃のF-1 が大好きなおっさんです。
    まずは安全神話の崩壊‼️この人が引退してしまった。事から始まってると思います。 
    話は変わりますが アランプロスト、ファンであった事に誇りに思っています👍️😃

  18. プロストも、歴史に残る凄く速い素晴らしいドライバーだけど、セナが異次元過ぎるから

  19. ピットストップの給油も危険なことをその後たっぺんが炎上して学ぶ前に言及したことがプロストという人のチェックメイト理論だな!

  20. セナという名のドライバーを知ったのは事故から20年目の2014年で僕は高校1年生でした
    あれから9年もたったのですね〜
    もうすぐで30年になろうとしてますね

  21. モータースポーツのように、スピードが出る以上、危険は無くならないよ。助かったレーサーはほとんど全員、奇跡的に助かった、としか言いようがない。

  22. インタビューでプロストは、セナが成功のために、リスクを冒したみたいなことを言ってますが、何か違和感があります。
    リスクを冒したことが間違いだったかのような表現です。
    確かにセナは、リスクを冒すほどのドライビングだったかと思いますが、何も死ぬまでのリスクは冒そうと思ってませんし、ドライバーなら、限界を追い求めるのは当然だと思います。
    「無事であってほしい。」くらいのことを言ってほしかったです。

  23. あと1年後セナのタヒ後30年か。
    セナとプロストは現役時代はライバルというにはバチバチ過ぎて見ていてエグいと思う時期がありました。
    事故後のインタビューでプロストと和解できたのは間違いない事を確信した。でなければ、セナが普通の生活ができるようになってほしいという言葉はプロストの口からは聞けないだろう。

  24. 引退し、競う事が無くなったライバルを想い寂しいよ…と言ったセナ。自分の眼の前で逝ってしまったセナを想うプロスト…。自分の気持ちを伝えられたセナ…の勝ち逃げですね……。プロストは溢れる想いを口にしても返事は返らないのですから。ただお互いを想う気持ちは永遠なのでしょう…。私的には、そうあってほしい……と願わずにはいられませんね…。

  25. セナの事故は商業主義に走ったマックス・モズレーとバーニー・エクレストン及びイモラ・サーキットを運営する側の責任である。何故、スタート直後にレッドフラッグを出してレースを止めなかったのか、それはレースを続行した場合のいわゆる興行収入のみに走ったからである事は明らかである。

  26. 自分は、セナの事故後は中止すべきだったと思う。前日にラッツエンバーガーの死、そしてコース上にセナの血溜まりがある中で再スタートなどと、正気の沙汰とは思えない状況だった。金儲けありきで、ドライバーの命は二の次にした末路だ。

  27. あれから30年、セナが亡くなった当時は高校生でセナよりもロータスを応援していて、92年から95年までF1からロータスの名が消滅するまで每戦ビデオ録画(フジTVの総集編を含め)してましたが、そこからF1を見なくなりました。
    事故後プロストがインタビューを受けていた映像は初めて見ました。
    今はYouTubeでF1関連の動画は見ますが、安全性が高くなってもエンタメ性が低く、飲料メーカーが自社チームを所有してしまう程の企業の影響力、90年代から掛け離れたF1を見ていると、セナを始めとする先人達の死は何だったのか?と5月1日が近くなると、ふと頭によぎります。
    貴重な映像、ありがとうございました🙇‍♂️

  28. 懐かしい映像ですね。
    私の記憶に鮮明に残っているのはこれより前、セナの「容態が不明の時」です。

    記者に囲まれたプロストは
    「復帰は難しいだろうが、せめてピットレーンを歩けるようにはなってほしい」
    とコメントしていました。

    私は「プロストの言い方」を聞いた瞬間に「ああダメなんだな、死ぬんだな」と
    セナの死を確信してしまいました。

  29. プロストはヴィルヌーヴとピローニの事故の影響もあり、安全性を非常に意識していたドライバーでしたね。
    危険を冒してまで勝ちに行くドライバーではなかった。
    特に雨のレースは棄権する程でしたね。
    名誉や栄光より、命を最優先にしていたドライバーでした。
    だからこそ、プロストの言葉には非常に重みがありますね。

  30. プロストは最後に「普通の生活」に戻れるのかも分からない事故だと判断していたのか。
    当時TVの前で見ていた深夜、大変だとも思ったけど、入院して退院でドライブするだろうと思ってた。
    コンストラクターポイントがシュ-マッハに持ってかれるなぐらいだった。
    事故の状況判断で、引退してもプロストはやはりレーサ-プロストだった。

  31. プロストもセナもラッツェンバーガーも生身の人間である以上・・それは競技をする選手の方も承知の上で戦っています
    辛い事故ですよね、見ている側は受け入れざるしかありません。

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