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42 Comments

  1. 懐かしいなぁ。
    バブル経済真っ只中で日本が元気だった頃。
    日曜深夜にリアタイで観ていました。

    1990年の3月だったと思いますが、当時高校卒業から間もない頃で、本格的にF1を観始めた時です。
    当時は“GPX“や“GPS“など各GPの速報誌があった頃で、特にGPXは毎号買っていました。
    今は“F1速報“だけですよね…。

  2. どのドライバーも個性的で、チームスポンサーもジャパンマネーばっかりで今となっちゃ懐かしいの一言だけど、やっぱりこの頃のF1が1番見応えがある。

  3. ティレルブルーのマシンがかっこよかった、まさかロスマンズとの交渉が破談になってたなんてこの時まったく知る由もなかった、、セナとアレジのバトル中のケンティレルの笑顔がなつかしい^^

  4. V8,V10,V12、さらにはW12やらスバル水平対向やら、フェラーリにホンダにランボルギーニ、ポルシェetc…
    バリエーションが豊富すぎてまるでお祭り騒ぎだね!
    活気が伝わってくるよ

  5. 日本人初フル参戦ドライバー中嶋悟氏のファンです。雨☔の中嶋は有名。表彰台に登って欲しかったです。

  6. 近代F1の面白さはセナ、プロスト、ピケ、マンセルがいた時代とハッキネン、ヒル、シューマッハーがいた時代が苦労せずみつけられた。しかし、現代F1はあまりにもコスト高によるチームの少なさ、制約の多さで面白さを探すのに苦労している。

  7. 予選後の、レーサーの会見でよく聞く「路面が、バンピーで」。見てよ、いや、見るからに、うねうねの悪すぎる路面での、まさに、ストリートバトル。この路面の悪さがアレジvsセナのバトルを演出。

  8. フットワークがF1のメインスポンサーだった。いかに当時の日本経済が好調だったかを物語っている。バブルの着地点を間違わなければ失われた30年などにはならなかったのにな。今では日本企業のロゴを見つけるのも難しくなってしまって、とても寂しい‥

  9. 開催地、ドライバー、マシンの紹介。演出と構成が素晴らしい。何より故今宮純氏による解説も相まってF1ブームが続いていったように思う。とてもいい時代だった。今は戦略重視の放送内容で、初心者にはあまりに難解で魅力が乏しいのではないか。

    V8.V10.V12の個性的なマシンが混在し、コース特性によって有利、不利があるなど、レースも楽しめたように思う。

  10. 懐かしいこのアメリカGPってコンクリートウォールでドライバーは大怪我のリスク背負う避けて抑え気味だったけど、アレジとカペリは非力なエンジンで恐れず攻めていたなぁ~🤔ナニーニとドネリーもこの当時眼光ギラギラして有望株だったけど数か月後壮絶なアクシデントが取るとは当時思いませんでした🤔

  11. 安全性のためにマシンがコテコテになってしまっている21世紀のF1。20世紀終わりの頃の1970年代後半から90年代終わりの20年のマシンがやはり美しい。事故などで亡くなる方は多かったけど・・・。

  12. 川井さんが細かった。この頃のイメージがずっと残っているから、今の川井さんは別人のように思えてしまいます。

  13. マクラーレンMP4/5のノーズの先に小さなステッカー 集英社の「ジャンプ」がスポンサー金額が当時5~6000千万円だったらしいね。
    一方レンタルビデオ業界のGEOがラルースチームのスポンサー
    レイトンハウスといいバブリーな時代
    GEOグループ?は今でもセカストの経営も頑張ってる。ツタヤも頑張って欲しい

  14. 90年シーズンのF1好きなんだよね。
    マクラーレンMP4/5Bのバットマンディフューザーやプロスト・マンセルコンビのフェラーリ641や中嶋・アレジのティレルだったりと、この年しかない組み合わせが本当好きだった。

  15. この頃のF1は毎戦本当に楽しみだった!セナファンの自分にとってはコース上で命を削り頂点を目差すセナの姿に魅せられ追い掛け続けてました…

    賛否あるけど私は古館さんの実況と今宮さんの解説で育ったのでこの二人の声を聞くとなぜか安心しますw

    そんな今宮さんも逝去され今年で三年、今頃高い空の上で本田のおやっさんやセナと再会を果たせているでしょうか…

  16. このフェニックス中継のビデオを何度も見直した記憶が蘇りました。古舘氏の実況も結構覚えていたり😅本放送時はGPXやRACING NEWSを読みながら楽しんでました😁

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