GK以外の全てのポジションを満遍なくこなし、スキル面、フィジカル面、メンタル面、全てにおいて弱点を見出せないコンプリートプレーヤーである。トータルフットボールを掲げるオラニエの至宝とも言えるだろう。
 フィリップ・コクーは1988/89シーズン、当時2部リーグに属していたAZアルクマールでプロとしてのキャリアをスタートした。フィテッセ・アーネムを経て1995年、地元のPSVアイントホーフェンに加入すると、1996年4月のドイツ戦で25歳にしてようやくオランダ代表にデビュー、脚光を浴びる。そして世界的に彼の名を広めたのが1998年にフランスで行われたワールドカップだった。フース・ヒディングに率いられたオランダは魅力的なフットボールで試合を勝ち抜き、コクーは出場停止の選手に代わって様々な異なるポジションでプレー。パトリック・クライフェルトの代役として出場したグループリーグでは2得点を挙げる活躍を見せた。
 ワールドカップでのプレーが評価され、1998年にはインテルの誘いを退けオランダ人ルイス・ファン・ハールが同年監督に就任したバルセロナへと移籍。ファン・ハールによるオランダ人選手をかき集めるチーム作りには多くの非難が集まり、結果も出なかったことから殆どのオランダ人選手は厳しい批判に晒されたが、唯一コクーのプレーには感嘆の拍手が沸き、ソシオも第二カピタンを尊敬した。2004年にバルセロナを退団するまでに獲得したタイトルは1998/99シーズンのリーグ優勝だけだったが、コクーはバルセロナの外国人選手として最多となる205試合のリーグ戦に出場しロナルド・クーマンの持つ同記録を更新。バルセロナの歴史の一部となった。
 2004年に惜しまれつつもバルセロナを退団、PSVに再加入すると、シーズン序盤から記録的なペースで勝ち点を重ね早々にリーグ優勝を決定。チームは十分な実力を備えていたが、コクーの加入が計り知れない経験値を与えた。またUEFAチャンピオンズリーグでの活躍も光り、準々決勝のリヨン戦では貴重なアウェーゴールを挙げ、準決勝のミラン戦ではテクニカルなゴールも記録。惜しくもベスト4にて敗退するが、クラブ史上初めてとなるグループリーグ突破に大きく貢献した

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