コロンビア代表の10番として、イギータらと共に走らなくてもチームを勝たせてみせたバルデラマ。独特な髪形が注目浴びがいですが、そのスルーパスと華麗なプレースタイルは観る者を虜にさせます。
イタリア・ワールドカップの西ドイツ戦で魅せたあのアシストはサッカー史に残るものとだと思われます。

【おすすめ動画】
♦ダーヴィッツ!見たら100%その凄さがわかる動画!最強のスタミナ ゴール&プレー集 バルセロナ メッシ 中田英寿 オランダ代表 【サッカー伝説】⇒https://youtu.be/j3PcB9LTtmU

0:00 オープニング
0:41 バルデラマ ヒストリー

ASIAN KUNG-FU FOOTBALL

#バルデラマ #イギータ #サッカースーパープレイ #ワールドカップ #スコーピオンキック #コロンビア代表 #サッカーパス

Share.

48 Comments

  1. 90年西ドイツ戦のアシストは?「フレディが決めてくれたからこそアシストになった。他のもティーノ(アスプリージャ)達が決めたからこそアシスト。そうでなければただのパスで、歴史にも残らない」
    イギータをどう思う?「レネほど代表の勝利を考えている奴はいない」
    サッカー少年たちに一言「サッカーは11人でするものだ」
    確か、雑誌の長いインタビューでこんなやり取りがあった。他にも物凄く理知的な深いコメントばかりで、彼がずっと代表の10番・主将だった理由が少しわかる気がした。

  2. バルデラマ好きだったなぁー!!  あの独特なインサイドはよくチームで真似してたな😂 
    そしてイギータも最高だ🎉 チームのひょうきん者がイギータの背面?両足クリアの真似して肋骨折ってたなw

  3. 各国対戦は10番対10番みたいな時代でしたね。
    どこも癖の強い10番ばかりで好き嫌いも真似したいスタイルも何通りもあっておもしろかったですね。
    私はやっぱりバッジョが好きでした。

  4. 個人的には元祖ボンバーヘッド
    全盛期の姿は歌舞伎の俳優が獅子の頭外し忘れたままサッカーしてる様に見えた
    そんなネタはさておきハメスが今後超えられるかどうかなくらいにコロンビア随一の英雄

  5. 家にニューラテンサッカーの革命ってゆうVHSあってバルデラマに魅了された
    アメリカW杯南米予選のハイライトだったかな

  6. ロシアW杯でコロンビアに勝利した時はバルデラマを輩出したコロンビアに勝ったんだと信じられないくらいの感覚になったのを覚えています。やっぱりサッカーはその国の歴史との闘いという側面もあるので過去のタレントをどうしても意識しますね。更に優勝経験国に勝利するハードルの高さは計り知れないですよね。

  7. 94年のワールドカップ、確かに凄いタレント揃いで毎日ワクワクしながらテレビを観ていました。あの時は周りでも有力優勝候補としてコロンビアはニュースでも取り上げられていましたね。早々に大会から消えてしまったのは残念でした。自分は個人的にはオランダ推しでしたが。

  8. 何年か前にNHKで名勝負セレクションみたいな番組をやっててそこで90年の西ドイツ対コロンビアを見たが本当に奇跡の試合だった。1-0で逃げ切り体制に入った西ドイツに対してただひたすらにショートパスを使って対抗するコロンビアの矜持が素晴らしかったです。あんな状態になればロングボール入れたくなるのに。

  9. リケルメ、バルデラマ、ボバン、ストイコビッチ、ジダン、日本だとラモスか。あのタイプのトップ下の時代良かったよな。

  10. この人のパスセンス、奇抜な風貌、カリスマ…、凄かったですよね。94年は期待通りの結果を出せなかったですが、腰に手を当てているバルデラマの背中、負けてなおかっこよかったです。

  11. バルデラマの右にリンコン、前にアスプリージャ、バレンシア、デ・アビラ等スピードがあり動いてくれる選手がいたから凄く滑らかにボールが動いてた印象がある。当時子供ながらに見た1990イタリアW杯ではストイコビッチ、R・バッジョ、ブレーメ、ロジェ・ミラ、カニーヒァ&ゴイコエチェアと同じく印象深い選手。

  12. 同代表ボランチのリンコンも良い選手だったね。94はペレじゃなくてもコロンビアは期待高かった。。
    アメリカには勝つだろうと思っていたがああいう結果になってしまった。

  13. 今現在、世界で主流のハイプレスサッカーでは、彼の様なプレースタイルでは
    生き残る事が難しいだろうし、フィットするチームも限定される。ただ、その
    プレーの美しさは唯一無二であり、絶滅して欲しく無いタイプの選手である事は
    間違いない。

  14. 忘れていけないのは'86W杯はもともとコロンビア開催だったはずが自然災害(火山の爆発)により急遽メキシコに変更になったということです。コロンビアが国として強化していたことが後の代表チームの活躍につながっています。もう少し語らせてもらえれば、(南米の主要都市は結構標高高いですが)コロンビアの首都ボゴタは標高2.600メートルを超える高地で、歩きながらボールを回すようなサッカーをせざるを得ないという特徴が、独特の特異なサッカーを花開かせたとも言えます。バルデラマはコロンビアで生まれるべくして生まれた名選手という印象です。

  15. 予知能力というか、動きを読むイマジネーションが頭抜けているんだろうな。
    あの髪型で頼りになるからボールが集まる。敵も引きつけるが、キープ力で相手をかわしながらのスルーパスが却ってトリッキーさに繋がる。どフリーでパスするよりはるかに効果的だったんだろう。

  16. アスプリ―ジャもリンコンも良い千湯でしたが。バルでラマは走らなすぎだったし。イギータは走りすぎだったでしょうね。どうしても94年のアメリカ大会はマラドーナのエフェドリンの服用と出場停止とルーマニア戦を観戦しながらの涙、オルテガの台頭と。
    後に射殺されてしまったエスコバルを思い出してしましますねえ。
    この時は後にブラジル、アルゼンチンをを破った。ナイジェリアのスーパーイーグルスのほとんどのメンバーも出場していたし。ベルギーのシーフォ出場してましたね^^

  17. 奇抜なヘアスタイルの反面、プレーは堅実で基本技術が飛び抜けて上手い。当時の元プロ選手の実況の人が「バルデラマのインサイドキックの正確さをみてほしい」と言っていたことを覚えています。

Leave A Reply