視聴者さんからのリクエストにお応えしてリッピさん特集!
思い出話をする二人は本当に楽しそうで、ついつい長尺になってしまいましたが、最後までお楽しみください!

00:00 オープニング
01:14 リッピさんの経歴①
03:59 リッピさん経歴②
07:30 ユヴェントス時代
14:16 インテル時代
19:56 ユヴェントス復帰
24:54 イタリア代表
37:02 広州恒大〜中国代表
41:26 お便り紹介
51:23 エンディング


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21 Comments

  1. エリクソンとゼーマンの特集やってください。両方ともラツィオとローマの監督やってました。
    富樫さんはフリオクルスに”フリーをクロースする”というダジャレがありました。

  2. バッジョを重用してくれてたら、(自分的に)最高の監督になってた。

  3. 「この凡戦こそが至高」
    ホントに当時はそう自分に言い聞かせてました。思い返してみても…やっぱり凡戦(笑)。
    準決勝2ndレグのネドベドのイエローが無かったら…とはいうものの、1点取られたらアウェイゴールで負けてたわけで、致し方なかったかなぁ。

  4. 鬼軍曹トラパットーニ 
    胸ロゴ「DANONE」バッジョ大好きでした。

    そこからベンチで葉巻き! リッピ
    胸ロゴ「SONY」
    デルピエロ ダービッツ ジダン コンテ
    あー! ユーベ好きだった。

    それからローマ インテルにはまり
    久しぶりにセリエAを見て
    プロ野球西武ファンでもある私は
    ライオンズナイターの北川さんが
    大好きでその北川さんの声で
    セリエAを見出しました。

    そこからおふたりの配信ではまり
    アタランタ サッソーろなど
    ハマりました。

    話がずれましたが
    色々仕事が上手くいっていなかった自分に
    配信見て久しぶりに大笑いしました。
    サッカーの素晴らしさを見返しました。

    伊東さん 細江さん サッカーキング関係者
    の方々には本当に感謝してます。

  5. 1996年のトヨタカップでユーベが来日したとき、西が丘に練習を観に行きました。あんなに緩い警備で自由に練習が見られるなんて、今では考えられません。
    ケガ明けのジズーは別メニューでしたが、あんなに近くで見られて感動しました。雑誌のユーベ来日特集の各選手の写真のところに、多くの選手がサインをしてくれました。今でも宝物です。

  6. 富樫さんは、80年代は「ジャンルカ富樫」名義でしたが、その後スキラッチがブレイクして「トト」を加えましたね。
    80年代の雑誌で、富樫さんのコーナーやフジサカ・チヅルさん(現在はチヅル・デ・ガルシアさん)の「やっぱり楽天南米(ラテンアメリカ)」を読んで、海外サッカーへの憧れがどんどん高まっていきました。

  7. 今更のコメント失礼します。
    昔仕事の都合で広州に駐在していた頃(リッピさんは退任後)、近所のイタリア料理店にリッピさんが来店した時の写真が飾られていて「ここら辺に住んでいたんだなぁ」と妙な親近感を持ったことを思い出しました。

  8. 細江さんと同じガッチガチの「セリエAダイジェスト」世代にはたまらないお話でした。
    「葉巻吸うの!?」
    あの時代から見たファンなら誰もが思った事でしょうw
    そんなリッピもあの時はまだ新進気鋭の若手監督だったんですね。ユーベも長い事低迷していてギャンブル的な要素もあったのでしょうが…もしそこでコケてたらリッピも「やっぱその程度だったな」と思われてしまってた可能性も大きくあったわけで(94W杯の疲労とその後の故障もあったのですが)バッジョからデルピエロへの世代交代という荒療治をしたりイタリアらしからぬ4-3-3システムの導入など、勝利の勝ち点が2から3になるサッカーの過渡期に於いて賭けに勝ったのは見事としか言えないと思います。
    「やっぱリッピしかない」
    この感覚はこの頃のセリエやアズーリを見てた人ならよーく分かると思いますね

  9. リッピさん。なんかベンチで葉巻吸ってダンディーなたたずまいで試合を見てた印象があります。カッコ良かったなぁ。
    ユヴェントスでは無駄の無い合理的なチームを作ってる印象で、スターを集め過ぎない姿勢に共感を覚えました。
    2002-2003シーズンのCLはスター揃いのレアルマドリードに、ネドヴェド、カモラネージといった戦力で対抗し堂々と打ち破っていたと思います。
    2002年、2004年と戦力充分なイタリア代表が国際試合でコケて、「何やってんだよ」と思っていたら、2004年のEUROの後にリッピさんが就任して、「あれ、これ2006年はイケんじゃね?」と思っていたら本当に優勝して、改めてリッピさんの手腕の凄さに驚きました。
    自分の中ではオシムさんと並ぶ名将で、大好きな監督です。
    一つ注文を付けるなら、2010年以降は中国ではなく日本に来て欲しかったです。
    日本サッカー協会もこういう監督を招集して欲しいです。
    それではどうも失礼しました。

  10. リッピは晩年を中国に費やすことになったけど、今の中国のクラブチームや代表を見ていると何か残せたか微妙ですね。
    Jもそうですが、バブルが弾けた後に残されたもので真価が問われます。
    そしてそれでも残ってくれる人、来てくれる人は真にリーグを強くしてくれる人です。
    中国リーグの正念場はこれからですね。

  11. いいコンテンツ!

    ちょうど観てた時、、と仰いますが、配信はもちろん衛星放送だって高嶺の花で、観られる海外サッカーといえばフジでやってるセリエAしかなかったから、そりゃイタリアサッカーへの思い入れは強くなるってもんです。

    イタリア語の独特の響きも相まって、イタリアには強烈な憧憬を抱いたものです。

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