NBAヒストリー第46弾はジュリアス・アービングです。
ドクターJの異名で知られるジュリアス・アービングは、その独創性、大きな手、滞空時間、優雅さを織り交ぜ、次世代に向けてバスケットボールにおける芸術的な可能性を示し合わせることによって「NBAスタイル」というものの基盤を作りました。
ダンク禁止という制約から解き放たれたアービングの才能はプロの舞台で大きく花開いた。アービングはルーキーイヤーからその並外れた身体能力と豊富な空中でのムーブ、卓越したボール捌きを武器に、次々と常識外のプレイを披露。
1971年にプロ入りして以降、引退するその年までの16年間、全てのシーズンでオールスターに選出され続け、ABA時代は得点王3回、シーズンMVP3回、プレーオフMVP2回、優勝2回、NBA時代はオールスターMVP2回、シーズンMVP1回、優勝1回の実績を誇る。

「受賞歴」
ABA時代

2×ABAチャンピオン:1974, 1976
2×ABAプレーオフMVP:1974, 1976
3×ABAシーズンMVP:1974~1976
3×得点王:1973, 1974, 1976
オールルーキーチーム:1972年
4×オールABA1stチーム:1973~1976年
オールABA2ndチーム:1972
ABAオールディフェンシブ1stチーム:1976
5×ABAオールスターゲーム出場:1972~1976
ABAオールタイムチーム:1976

NBA時代

NBAチャンピオン:1983
MVP:1981
オールNBAチーム
5×1stチーム:1978, 1980~1983
2×2ndチーム:1977, 1984
11×*NBAオールスターゲーム出場:1977~1987
2×NBAオールスターゲームMVP:1977, 1983
NBA35周年オールタイムチーム:1980
バスケットボール殿堂:1993
NBA50周年オールタイムチーム:1996
No.32 ブルックリン・ネッツ永久欠番
No.6フィラデルフィア・76ers永久欠番
No.32 マサチューセッツ大学永久欠番

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#NBAヒストリー#NBAパーク#Drj

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27 Comments

  1. Dr.Jだぁ!
    スラムダンクって言葉を世に知らしめた男だね!
    ダンクって、コーヒーにドーナツを浸す動きに似てるからダンクっていうんでしたっけ?
    Dr.Jがコーヒーにドーナツをダンクしたら…w

  2. 個人的ナンバーワンダンカー
    もちろん他の選手でいいと思うけどね
    なんかカーターとかもいるけど偉大って感じがして自分の中では1番かな
    まぁダンクだけじゃないけどね

  3. レブロンが最も影響力がある三人のうちの1人に連ねる理由がわかりますよね😌

    通常の選手より一瞬の対空時間の長さがここまで試合に影響してるっていう良い手本ですよねー🤭

  4. レイカーズとのファイナルのベースラインからのリバースレイアップは今の基準で見ても半端なく凄いと思う

  5. 『白人が落ち、次に黒人が落ち、その上をアービングが悠々とシュートする』
    マジックジョンソン

    スポーツマンの鑑とも言われて、人格者だったジュリアスアービング
    だからこそ言いたい。

    ラリーバードよ
    よくジュリアスアービングにトラッシュトークを仕掛けまくって怒らせたな笑

  6. エルジン ベイラーもだけどバスケットボールをの空中プレイを進化させたお方 
    ドクターの異名はドリブルでコートを切り裂くようにきれこんでいくこととからって聞いたときは意外に思った 現代のNo.1ドリブラーとの共通点はファミリーネームだけじゃなかった

  7. 映像に残ってるのでは初めてフリースローダンク、レーンアップを成功させた人この人の存在が後のジョーダンやカーターのようなスラムダンカ-を生んだといっても過言じゃないですよねめっちゃカッコいいです!

  8. ジョーダンの前のジョーダンが
    ドクターJだと思います。
    ジョーダンの憧れがドクターJであり、
    滞空時間の長いスラムダンクや、
    空中アクロバットは、
    NBAの礎を築いたと思います。
    当時としてはではなく、
    ドクターJのバスケは、
    20年、30年先のことをやっていると、
    専門家は語っていました。
    ドクターJがつくったバスケを、
    ドミニクやジョーダン、ドレクスラー等々が引継ぎ、
    そのあとの選手である、コービー、Tマック、カーター
    等々に引き継がれ、現代のレブロン等々にまで至るので、
    ニックネームのドクターJは、
    リーグの親善大使の意味なので、
    まさにそのとおりだと思います。

  9. コレだけの成功を収め
    NBA屈指の人格者としても有名だった

    だけに、なんで
    息子(の1人)が愚れた挙句
    あんな最期を遂げたのが
    不思議であり、不憫で仕方ない

  10. めっちゃジョーダンに似てると思ったら逆だった、ジョーダンの憧れの存在だったんだね

  11. Dr.J……まだNBAとABAがあった頃からのスーパースターですね☺️彼の存在がその後の数々のスーパースターの出現に繋がったと勝手に思ってます❗️😅特にDream Team🏀とか☝️😅スタイルとしてはジョーダンよりはドレクスラーの方が近いのかなぁって、思ってます❗️🙂🏀🏀🏀

  12. 今から40年にドクターが
    日本に来日した時に会える機会があり会いに行きました、以外にスマートで紳士的でコートの上とは違って優しさと情熱を感じました 生で会えた私は本当に幸せ者です。ありがとうDJ

  13. ジュリアス・アービングは本来なら、歴代トップ10選手に入ってもおかしくない選手なのにキャリア初期にABAにいたことで、少し過小評価されてる気がする。
    ABA時代も含めたら、キャリア通算3万得点を超えているし、優勝回数もNBA時代は1度のみだが、ABA時代を含めると3度している。

  14. ジョーダンそっくりでびっくりした。この人がジョーダン憧れの人なんだ。それにしても似ている。

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