1995年セナ フェラーリ移籍の真相。96年シューマッハとのドリームチーム結成はあったか? トッド、モンテツェモロ両氏の言葉から、その可能性をトーク。5月1日セナリスペクト第2弾。
*2022年4月29日撮影
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ムッシュ・サトーPresentsでお届けする『F1』チャンネルです🏎
ヨーロッパ発のF1ニュースをどこよりも分かりやすく、正確にお伝えします。
⭐️チャンネル開始: 2022年1月30日
大学卒業後、約15年間ジャーナリストとして様々な雑誌・WEBに文章を書いてきましたが、自分がもっとも好きなジャンルは『F1』ということで、自由に大マジメにF1トークを繰り広げるこの『F1ブラザーズ』を開設しました。
⭐️プレゼンター『ムッシュ・サトー』について
・東京都世田谷区在住アラフォー
・1990年モナコGPをTV観戦以降、F1にどハマりする
・セナが亡くなった1994年、モナコGPでF1初体験
・F1生観戦歴: モナコ(1994,1995,2014,2015)、日本(2012)、ハンガリー(2018)、シンガポール(2019)
⭐️ジャーナリストとしての輝かしい実績
1.2004年『Number(文藝春秋))』スポーツノンフィクション新人賞最終候補
2.2005年『Number(文藝春秋))』スポーツノンフィクション新人賞最終候補
3.2006年 日本雑誌協会枠でトリノオリンピック現地取材
4.2008年『ブレーン(宣伝会議)』主催の『C(コピー)-1グランプリ』準グランプリ
5.2015年 スイス政府観光協会によるトップ・アーティクル受賞
6. 2017年7月1日 フランスで開催されたマクロン大統領スピーチに、日本人ジャーナリストとして唯一の招待参加
7. 『吉田照美のやる気MANMAN(文化放送)』などラジオ出演歴アリ
😎尊敬するドライバー
ミハエル・シューマッハ🇩🇪 アイルトン・セナ🇧🇷 ニコ・ロズベルグ🇩🇪 アラン・プロスト🇫🇷
*ムッシュ・サトーは1月3日生まれで、シューマッハと同じ誕生日です❗️
*『ニコ・ロズベルグ』チャンネルとのコラボが壮大な目標です❗️
📖ニュースソース
大学在学時フランス留学し、以降フランス、イギリスの新聞・WEB・YouTubeからF1情報を得ています。
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⭐️理想としているチャンネル
Nico Rosberg
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世田谷ベース工作部
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古舘伊知郎チャンネル
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⭐️エンディングテーマ
DEAF KEV: アーティスト
Invincible: 曲
#F1 #セナ #シューマッハ #ホンダF1 #レッドブル #Formula1 #F1JP #F12022 #フェルスタッペン #ハミルトン #メルセデス #ホンダ #フェラーリ #KeepFightingMichael
37 Comments
本日はあの悲劇から丁度28年ですよね、セナ、ローランド、ジュールのご冥福をお祈り致します。><
セナがSFを最後のチームにしたいとの望みは当時周知の事実でした、実現していたらチームミハエルは実現しなかったと思います、歴史にifは有りませんが実現していたら今も存命して居たかも?。
勿論この移籍話近年になる迄知らなかったけど、セナ本人の望みだったし、多くのファンやその他の多くの人達でさえ、フェラーリのセナをみたかったと思っただろうし、最後はそうなると思っていました。当時自分はウィリアムズのセナよりもフェラーリを駆るセナがみたいと思ってました。もし実現していたらF1はどうなっていたのかな……とも思います
セナのレーサー人生において、具体的な計画というものはなかったようです。
常に「その時その時の最善をその時に求める」という感じです。
技術の日進月歩が著しいF1では仕方がなかったことなのかも知れませんが。
ウィリアムズであればFW14〜15cの時代を見てそう思ったでしょうし、マクラーレンであれば、テストだけでしたが、天才マウロ・フォルギエリがチューンしたランボルギーニエンジンを積んだMP4/8bに最大限の賛辞を与えてシーズン途中からの導入をロン・デニスに提案してみたり(BENETTONへの軸足を移してまで当時全力でセナをサポートしていたフォードに対してこんな失礼な話もないかと思いますが(笑))、フェラーリであればフェラーリ単体ではなく、親会社のフィアットが圧倒的な資金力+ルカ・モンテゼモーロを登用してまで再建を始めていたことに心を奪われるというか・・
セナのアクティブサスペンション批判は理解できます。
FIAのマックス・モズレーも同じことを当時言っており、要は「何でもかんでも機械というか電子制御にすると、ドライバーの技量低下を招き、ドライバーの技量低下はF1ドライバーの大衆化を招く。これは絶対に避けなければならない」ということでした。
個人的にはその趣旨には賛同できますが、それならなぜセミオートマを許したのかという疑問は残りますが。
またセナも、1992年のMP4/7Aからセミオートマを使用していますし、1993年にマクラーレンMP4/8で、FW15cより優れたフルアクティブサスペンション(ビルシュタインとの共同開発)の世話になっていましたから、いささか自分勝手な面は否めません(笑)
なお、電子制御に対するセナの基本的な考え方は、1992年のF1総集編、イギリスシルバーストーンでの合同テストにおけるインタビューをみていただけるとだいたいわかります。
ジャン・トッドの意見はまさにそのとおりで、ご説明されているように、フェラーリというチームはエンジンとシャシーの双方を作るチームですが、車体班とエンジン班の仲が極めて悪いことは有名でした。
で、その両方を黙らせるには、誰もが認めるドライバー、つまりワールドチャンピオンを招聘するしかないという結論に達したわけです。
1996年からミハエル・シューマッハを招聘したのもそれが理由です。
(シューマッハは、94・95年のワールドチャンピオン)
ただ1993年時点では、それはアイルトン・セナしかいなかったわけです。
厳密にはその時点ではアラン・プロストも当てはまりますが、彼は1991年にフェラーリを解雇されており、またフェラーリとセナとの会談の直後のポルトガルで引退を表明しています。
セナとシューマッハの夢のコンビが見られたかも、という意見は、フェラーリは念頭にも置いていなかったと私はみています。
というのも、マクラーレンでのセナ・プロのジョイントナンバーワンが破綻したのを間近で見たでしょうし、その一方であるアラン・プロストの人間性の嫌な部分を雇用して散々見たと思うからです。
フェラーリとて、目指していたのは「夢のジョイント」などではなく「チームの再建」でしたから、優秀なドライバーは一人でよかったでしょう。
そういう観点から、個人的な理想は、1995年から、フェラーリで、ゲルハルト・ベルガーとのジョイントになります。
私は個人的に、ジャン・アレジというドライバーを全く評価していませんので、それが正解ではなかったかと考えています。
1994年は、トッドの言うとおり、契約問題がありましたから、これに割って入るのは、いくらなんでもやりすぎだと思います。
最後に、運命のサンマリノグランプリ直前に、セナがウィリアムズに加入したてでありながらフェラーリ(ルカ・モンテゼモーロ)とまた交渉したのも、彼の立場に立てば理解できます。
リアクティブ・サスペンションという伝家の宝刀を失ったウィリアムズが製造したFW16は、セナの要求を全く満たしておらず、いくらテストをしても改善しないマシン特性に見切りをつけていたと思われるからです。
でも仮に、1995年からフェラーリに加入する合意ができていたとしても、合意直後のサンマリノグランプリまでにFW16の欠陥は改善されていませんから、事故死は避けられなかったと思います。
そして何より許せないのは、エイドリアン・ニューウェイがFW16の空力デザインをする上において、空力の値を誤って計算していたことです。
FW16からFW16bへの変更は、セナの事故死を踏まえたレギュレーションの変更に伴うものと世間では受け止められていますが、そこにはニューウェイの計算誤りが隠されていたのです。
私は今更セナ裁判を云々する気はありませんが、仮にモータースポーツ界において、この手の「有罪」が成立するとするならば、ニューウェイこそが有罪ではないかと強く思います。
セナとシューマッハのフェラーリだったら毎レース内輪揉めしそうですが、滅茶苦茶面白かっただろうな
Ferrariに行ってたら当時の最強チーム全てに移籍した事になってたな
配信ありがとうございます!
なるほど、話しが繋がりますね~ ウィリアムズの誰かが阻止したい行動に出ますよね~🤔
セナだったら95年型のフェラーリに乗ってたらチャンピオンを多分取ってたと思う。
仮に無理だったとしても、アレジ&ベルガーの計73ポイント以上は1人で稼げたかな。
セナのフェラーリ 見たかったですね🎵
この話、当時からガゼッタで語られてましたね。
確かにセナとフェラーリは最強のコンビだが……、
それを阻止しようとする闇のようなものを感じるのは気のせいか?
94年のフェラーリ入りはないと思います。あの当時セナはウィリアムズに入りたがってたので、たぶんプランB。ウィリアムズに入れなかった時の保険だったと思います。95年は94年のウィリアムズのマシンが余りにもひどかったので、気持ちがフェラーリに行ってしまったんじゃないかと思います。でも最後にはヒルがチャンピオン争いしてるからマシンも良くなって、セナの気持ちも落ち着いてきて、ウィリアムズ残留かと思います。
当時のフェラーリはどん底状態。
ベテランとなったセナが遅いマシンを速くする努力とガマンが出来たとは思えない。
セナは自分中心のチームでないと気が済まない、それはシューマッハも同様だった。
このコンビではいがみ合いの火種になるだけ、フェラーリのお家騒動も加わったらどうなってたろうね。
確かセナは、F1最終年はミナルディで運転するんぢゃなかったっけ?
ミナルディモーターホームのご飯が美味しくて、それに感動したみたい
どうだろうな…🤔
例えウィリアムズだろうがフェラーリだろうが、セナにとってプロスト不在の中でどれだけモチベーションを維持出来たかは不透明だからなぁ…
https://youtu.be/kJc4bpORetc
その当時は当たり前のように他のチーム監督に呼ばれたり食事したり、むしろ大物ドライバーのほうが有利な立場にいたのでは?プロストしかりマンセルしかり…そんな『うわさ』はいくらでもあったよ。
現在のスクーデリア・フェラーリはシャルル・ルクレールとサインツをトップドライバーに押し上げた。
フェラーリは正に今跳ねている🐎✨
セナ+フェラーリ見たかった☆
セナに合わせたシャシーが出来なく、全てセナ中心に出来なかった?
マンセル、プロスト、ピケの存在は自由に動けないハードルだった?
ナニーニも居たらもっと自由にはならなかった?
セナが94年に移籍したいという理由の一つとして、この年にマクラーレンからフェラーリへ移籍したエンジニアの後藤さんと一緒に仕事をしたかったからという話もあります。
フェラーリをドライブするセナ足はどんなもんだったんだろうね?
どこまでがホントか嘘かはわからないが、セナがキャリアの最後はフェラーリでと考えていたのは確かだろう。
F1ドライバーは誰でもフェラーリに憧れるが、イタリア系ブラジル人のセナは特にそうでよくフェラーリに好意的なコメントをしてたからね。
セナはウィリアムズで2回はチャンピオンになって、当時最多の6度目はフェラーリで獲って引退という青写真だったんじゃないだろうか、それこそ夢の様な話だな。
だからトッドの言う94年からフェラーリはちょっと信じ難いな、セナがウィリアムズに乗るのを心待ちにしていたのは当時誰もが知っていたからね。
夢がありましたね。
セナがフェラーリは…。
あと、チャンネル登録させていただきました。
412T2はミハエルがオフのテストで「こっちに乗ってればもっと簡単にチャンプ獲れた」と発言したマシン。社交辞令もあっただろうけど、セナが乗ってたらチャンピオン争いできてた可能性はある。ただ、この時代はもう「何であんなに速く走れるのかわからん」タイプのドライバーじゃチャンピオンは獲れない時代。速い理由も遅い理由もしっかり解析できるミハエルには勝てなかったと思う。
セナがフェラーリって似合い過ぎです
確かに夢のコンビではあるけどセナやシューマッハがチャンピオンになった時のセカンドドライバーたちの役割を忘れてはいけない
プロスト・セナの最強コンビもあっという間に崩壊したし
ファン・マヌエル・ファンジオをセナは尊敬してた
フェラーリF1ドライブして有終の美でチャンピオンになりキャリアを
終えたいと思ってたに違いない。
ジャン・トッドがセナのフェラーリ入りを拒否したので実現しなかった。
死のベクトルに吸い込まれるかのようにウィリアムズしか選択できなかった。
拒否がなかったらフェラーリ入りしてたに違いない。
セナがフェラーリのマシンをドライブする映像を見たかったです
94年のハイテク禁止でウィリアムズがハイテクウェポンを奪われたとは言え、FW16から16Bの改良を見ると、力で言えばフェラーリに勝る感じでチャンピオン獲れた可能性はある…
(コンストラクターは死守出来たし…)
腕の実力を証明出来るであろうセナなら、ウィリアムズほどのハイテクを搭載してないフェラーリでもチャンピオン獲ったかもやなぁ
当時ベテランのセナがフェラーリに移籍しても勝てる見込みはなかった。勝てる見込みがないチームに移籍する理由はセナにはなかったと思います。セナは勝てる車を提供してくれるチームに興味があったから当時最強だったウィリアムズに移籍したんです。
シューマッハは当時、毎年チームで年間一勝出来るか出来ないかくらい低迷していたスクーデリアフェラーリにワールドタイトルをもたらす為に移籍しました。加入した年から年々確実に競争力をあげていき、ベネトン時代にタッグを組んでいた戦略家ロス・ブラウンやデザイナーのロリー・バーンを引き込んで毎年チャンピオン争いを繰り広げるようになり、見事に最終的にそこで5連覇を成し遂げ、今日の競争力のある軍団に会社ごと押し上げた。
フェラーリとしても当然ベテランのセナより若手で十分な実力のあるシューマッハを招聘したかったはずで、この強烈なエゴの持ち主である二人のエースドライバーの共存はありえないので95年にセナがフェラーリに移籍の議論の余地は皆無です。
セナのフェラーリ姿見てみたかった。どんなチ-ムになったんだろう?
今とあっては全てがタラレバだけど、せめてセナがあの事故で生きていれば、その後のヒル・ヴィルヌーブの活躍を考えると、セナが最低でも2回はチャンピオンになってたように思います。言うてもタラレバやけどねwww
3:56🤣
フェラーリとセナの合成写真だがヘルメットにロスマンズ😭
マルボロヘルメットに差し替えろや
セナの1991年のフェラーリ移籍は失敗に終わる。プロストが拒否権を発動。セナもサイン寸前でやめたと語っている。これは事実だが、以降の話はセナの死で誇張して語っているんだろうな。後からは何とでも言える。
セナが1994年のウイリアムズのマシンが大嫌いだったという事から移籍を考えた可能性はある。
しかし、最終的に1995年の移籍は決断しなかったと思う。1991年よりも状況は悪化していたから。
F1トップドライバーは狡猾で複数のチームと話し合う。話し合う時は「第二候補のチームとして交渉する」なんて言わないからね。本気のふりをしていくつものチームと交渉し良い条件を引き出すものです。
もしも フェラーリ移籍して どうなったか❓今や想像するだけ❗
アレジ?
フェラーリのベルガー、セナ見たかったです。
セナは当時、求めていたのは、ともかく「勝てるマシン」
93年まで最速を誇っていたウイリアムズチームのマシンは当時のセナから見れば
魅力的だったと思います。・・・ただ、94年からレギュレーションで「ハイテク禁止」に
なってしまった為、セナの思い描いていた理想に「計算狂い」が出てしまったのは、セナ本人に
とっても予想外だったと思います。確かにフェラーリへの憧れはあったものの、セナ的には
当時のフェラーリではチャンピオン争いには加われないと判断したと思われるので、セナの94年の
「フェラーリ移籍」はありえなかったと思われます。
セナ&シューマッハのコンビは確かにF1ファンからしてみれば、一度は見てみたい「最強コンビ」かも
しれませんが、セナもシューマッハも、自分が勝つ事に人一倍、こだわる性格の持ち主で、そういった意味では
お互いに「我の強い者同士」なので、おそらくセナ&プロスト以上に同じチーム内でバチバチな関係に
なっていたと思われます。(>_<)