グループリーグ最下位での敗退に終わった2006年ドイツワールドカップ、
責任者のジーコ監督は、のちに週刊誌のインタビューでこう述べた。
今回はこの「腐ったミカン」は誰なのか、そしてどうしてこうなったのか深堀していきます。

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※敬称について
本来なら「さん」「氏」など敬称をつけるべきですが、
ナレーションが不自然になってしまうため
あえて”敬称略”とさせていただいております。
 
#サッカー#W杯#日本代表

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28 Comments

  1. ジーコがあまり戦術、チームに対して決まり事がなかったので、オーストラリア戦後、メンバーだけで集まってミーティングしたのは有名な話。
    ジーコの言い分もわかるけど、上に立つ者が下のせいにするのはあまり良くないとは思う。

  2. タレントが多すぎて、守備に力を割いてくれる選手が少なかったように思えます。攻撃的MFの軸を決めておけば良かった。代表メンバーから外す非情さがあっても良かったように思える。遊びではないのだから。アジアカップ優勝メンバーで観てみたかった。

  3. 2002では中山と秋田を入れてたトルシエはマネジメントとは何かを解ってた。ジーコは解ってなかった。

  4. ジーコジャパンの失敗はまず
    チーム戦術というものがなか
    った。
    ただ、人を配置することで事
    足れりと考えていたフシがあ
    る。
    それと、チームコンディショ
    ニングに無頓着だった。
    チームをピークに持って行く
    方法、暑さ対策のノウハウな
    ど全く持っていなかった。

    控え組とレギュラーの対立は
    レギュラーを固定化したのが
    大きい。

    小野の控えに関しては、あの
    編成では小野の居場所がなか
    ったのも事実。

  5. 2006の戦犯は完璧に中田。
    怪我でボロボロ、選手として終わってるのに招集したジーコも終わってる。
    宮本が守備意識を何度伝えても中田は無視、負けて当然。

  6. ジーコに指導力がなかったということ。チームの成熟度に応じた指導者の選考が大事。
    ただし日本のサッカー人気を確固たるものにした功績は大ではあった。ただただ中田英寿が気の毒でならない。ジーコの功罪

  7. 結果はどうあれ、この頃のサッカー面白かったのは間違いない。
    日本代表もだし、夜中の放送でも頑張って観てた中田英寿。
    最高やった

  8. 船頭多くして船山に上る!って事だよね?本当のプロは水夫に徹する度量も持っているんだけどね~

  9. 腐ったミカンとそう思ってたから当時でも上手く機能しなかった。負けたのは全て指揮官である監督の責任と言えないのなら、何処で監督やっても同じ結果になる。プレーヤーとしては一流でも監督としては二流

  10. 中田英寿を絶望させた悪夢の06年大会。
    中田は引退声明で理由を語らなかった。「特別な何かがあったわけじゃない。その理由もひとつじゃない。」と。
    日本のファンもそうだが、何より海外からすれば寝耳に水の引退。
    中田と関係があった選手コーチは騒然とし、親交の深かったデルピエロなどは説得に動くと公言したほど。

    色んな話が錯綜した。
    本動画ではそこまで悪質性を感じないO選手も別の話では食堂などで中田をハブった主犯だと言われたりしてて真相の程はわからない。
    ただ中田は墓場まで持っていく道を選んだ。20年近く経って俺も誰が悪いだとか知ろうとは思わん。その程度には落ち着いた。
    だけど俺らの後進にあんな悲しい想いをさせないよう、この出来事そのものは風化させちゃいけない。

  11. 結局監督のマネージメントだと思う。自分の選んだ選手なんだから…この頃の日本代表は最強だと思ってたけど…ジーコはすごくて好きだけど、日本人監督はこの点は上手いのかも…😢

  12. 試合に出ることもできていない海外組を海外組というだけで優遇しスタメンで起用し続けるような采配じゃ控え組は納得しないでしょ。
    みかんを腐らせたのはジーコ自身だよ。戦術についても選手の自主性やひらめきに任せると言えば聞こえはいいけど要は監督として何の戦術も持ち合わせてないってだけでしょ?それで負ければ選手に責任転嫁ですか…
    代表メンバーの選考に関してもJリーグで活躍してる選手を一向に代表に呼ばないし。ジーコが監督じゃなければもっと飛躍できたであろう選手が沢山いた。代表監督としては申し訳ないが最低レベルだし、Jリーグの初期に来てくれたスターはジーコの他にも沢山いたわけで、正直ジーコについては功績より功罪の方が大きいと思う。言っちゃ悪いけど。

  13. 金子達人監修の「敗因と」を読めばわかるが、小野らは心情的には不満があったにせよ実際には献身的にチームを支えたのにスケープゴートにされた
    自身の統率力を無さを棚上げして選手に責任をおっ被せるジーコには当時すごくガッカリしたよ

  14. 原因は多々あるが、結論は指揮官がジーコであったこと。
    詳細は以下の通り。

    ・ジーコが、指揮官としてのキャリアゼロであること。
    ・ジーコがシステムの特徴、それに適した戦術と選手を理解してないこと。
    ・松井、阿部、闘莉王、中村憲を外したこと。
    ・小笠原、遠藤、宮本、茂庭(田中)、坪井、土肥を招集したこと。
    ・トルシエの遺産を食い潰して、世代交代をしなかったこと。

    これらのジーコの無能っぷりは、初陣であるジャマイカ戦のメンバー発表の段階でわかった。
    以下の選手は、最低限入れるメンバー。

    ・市川大祐…世界水準の右SB。
    ・新井場徹…両サイドを担える大型SB。
    ・中澤佑二…世界水準の大型CB。
    ・箕輪義信…中澤の控えCB。
    ・寺田周平…中澤の控えCB。
    ・戸田和幸…Wボランチ採用には、必須の猟犬型ボランチ。トルシエ政権時、陰の立役者。
    ・阿部勇樹…次世代のボランチ、右SBの兼任選手。
    ・松井大輔…次世代の右利きドリブラー。
    ・本山雅志…当時、日本人最高の右利きドリブラー。ワールドユース準優勝組。

  15. 俺がもしあの当時(ジーコ時代)だったら小野、坪井を落選してもよかった!まず怪我での離脱でまともに代表の試合に出ていない!もっと長い目で他のいい選手を探す!

  16. 単純にジーコの指導力不足だろ。
    ブラジルのスーパースターも指導者になれば二流以下であっただけのこと。
    ジーコには指導力、選手には国際経験が足りなかった。
    その結果、戦術的引き出しがないチームが国際大会でその実力通りに負けただけ。

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