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18 Comments

  1. フランスまで順調に進んでいたシューマッハ
    しかしイギリスの失格から流れが変わった。
    リタイア・2回目の失格・2銭の出場停止はあったものの、ドイツ人として初のワールドチャンピオン。
    そして最終戦はマンセルが31回目の優勝、前年のチャンピオンナンバーだった『2』が、最終戦でようやく勝利しウィリアムズはコンストラクターズタイトル3連覇。
    ベネトンはシューマッハはタイトル獲得したが、ヒルとポイントが僅差で、セカンドドライバーの結果次第だったが、フェルスタッペンは2回の3位表彰台も遠く及ばず、ハーバートはノーポイント、レートは1ポイントのみシューマッハの出場停止に乗る機会を与えられたが、物にできず途中で喪失(結果ザウバーに移籍)。

  2. 94年日本グランプリは97年ハンガリーGP、98年ベルギーGPに並んでD.ヒルの好レースの一つだと思う。
    右リアタイヤを交換していないアンバランスな状況で、ファイナルラップで見せた激走は凄い。

  3. 疑問。シューマッハと同じように出場停止からチャンピオンになったドライバーいるのかな?
    この年は普通にヒルが勝ってもおかしくなかった。まぁ、勝ちきれなかったけど…。

  4. 今宮さんの解説はやっぱり分かりやすいです。改めて御冥福を御祈り申し上げます。この年の右京さんは速かったですね。

  5. 片山選手の評価が上がった年だ
    ベネトン入れしてれば間違いなく優勝してたと思う。ドイツGPでV8はキツイ せめてV10は欲しい
    執拗にフェラーリ追うけどV12 VS V8 いくらシューマッハでも分が悪い
    健闘むなしく回しすぎてエンジンブローでシューマッハ、リタイア オンボードカメラの映像でステアリング叩き悔しがるミハエルの姿が印象に残った

  6. 1994年シーズンはもう27年前になるんですね。ハイテクF1からの変革の年でしたがシーズン開幕間から重大なクラッシュ続出で、嫌な予感が的中した年。セナ、ラッツェンバーガーの死はあまりに衝撃的でした。今宮さんの言葉通り、その後はシューマッハー、ヒルをはじめ、クルサード、フレンツェン等、新たな時代のドライバーのバトルが悲しみを乗り越え、F1の魅力を見せてくれました。今見るとまだまだマシンが個性的で、技術面でもダイナミズムが感じられますね。

  7. 右京のベネトン入りの話、何とかなるさの精神でサインしてしまえば、表彰台には上がれたのではないかと考えてしまう。
    ヤマハやスポンサーとの事を考えるとサイン出来なかったのかな‥日本人は義理堅いしね。
    でも、予選5位グリッドは凄い期待をしましたしワクワクしました。

  8. スキッドブロック付けてダウンフォース減らしてもエンジンパワフルでスピードも出てるしエンジン抑制しないとだめだと思う。

    てか2名もドライバー殺しといてスピード下げるなんてどの面下げて言ってるんだ? アクティブ復活させろよ。

  9. ベネトンは、給油装置を改造してたとか
    それが原因で火災事故のようで
    アレジはモンツァでツイてないのがかわいそう(特に94〜97)

  10. 94年シーズンはセナが天に召された悲劇の出来事で2024年でセナ没後30年になるんですね。あの当時は自分が中3の頃でサンマリノの悲劇を目の当たりにした時には凍りついた気持ちで、ニュース速報でセナの死亡と報じられた途端にTVの前で号泣しましたね。
    セナ亡き後は皇帝 シューマッハの一人勝ちが多かったものの、フォーメーションラップでの追い越し行為などが原因で出走停止のペナルティを科せられるがチャンプは彼の手元に。
    ドイツは決勝で予選5位の片山右京がアクシデントを避けて3番手を暫く走行できたことは「右京が③番手!?ヒルやシューマッハを抜いて信じられん。」とこれは表彰台にまっしぐらかと思えるくらい期待できたんですがマシントラブルに手を焼き残念でしたね。

  11. 今宮解説は今見るとほんとに居酒屋解説だな。でも当時はそれしか情報源なかったし、それを楽しんでた。
    カワイちゃんはまだ、チャラいお坊ちゃん扱いだった。知識もコネも実は一番あったと思うけど。

  12. ダウンフォース減らしてスピード抑えるよりハイテク復活させろよ。速度上がってるのにハイテクの加護ないなんてナンセンス終わってる。

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