与田剛は、ドラフト前は野茂、潮崎、佐々岡らと並んでドラフト1位候補だった。与田にも複数球団が入札されるかと思っていたが、ふたを開けてみたら、なんと野茂に8球団競合、、、在京希望の与田に対して中日が単独入札1本釣りに成功!この年はAクラスのチームは外れのウエバー順が遅いため、巨人、広島、西武は単独入札に成功。一方Bクラスの球団は野茂に特攻と言った感じだった。
与田剛の輝いていた時は現役1年目で、あのデビューの衝撃は忘れられない。酷使でダメになたっと言われているが、当時の抑えはみんな複数イニング投げるのが当たり前。ゆえに何年も抑えを続けるのはむつかしいと言われていた時代だ。ただ星野監督時代は翌年の森田や上原と言ったところが活躍が短かかったんで、そう言われることも多い。
衝撃の初登板の様子や、オープン戦では先発も務めていたりしていた。シーズンに入ってからは、巨人戦での好投の様子もカッコいい。またストレート勝負で打たれた苦いプロの洗礼は、ちょっと悲しいものが、、、そして新人ながらオールスターファン投票で選出。パ・リーグの強打者相手のストレート押しのピッチングは流石と思わせるものがあった。
そしてオマケではあるが、アマ時代キューバ相手に好投した様子も含めてまとめてみました。
通算成績、タイトル、表彰
148試合 8勝19敗59S 防御率4.58
最優秀救援投手、新人王
お詫びと訂正
1:30で器用とありますが正しくは起用です。
39 Comments
与田剛 の鮮烈 デビュー は忘れられないですね。星野監督開幕戦で
リリーフ器用。あの ストレート はしびれましたね。アマ時代のキューバ戦の先発。先発って言うのにちょっと違和感あるな~笑。1年目輝いていたけど、もっと輝いて欲しかったひとりですね。動画の感想やこの人の現役時代はどうだった?などのリクエストいただけると嬉しいです(^=^)
ルーキーの年に甲子園のブルペンで見ました。
当時あったラッキーゾーンで。速かったなぁ
試合には出ませんでしたけど😅
リナレス!
ストレートは今でも通用しそうだな
今のスピードガンなら160
2:43しかし体がバラバラになりそうな投げ方してますねぇ~(笑)←故障フラグ
この時期は軸足を折るこういう投げ方が主流だった。
その後、マエケンや山本由伸のような重心を高く保って前に倒れ込むスタイルが増えた。
メジャー中継の影響が大きいと個人的には思っている。
中日のあとロッテ、日ハム、阪神に在籍してたけど、1軍で投げていたシーンがほとんど記憶にない。
アマ時代の与田初めて見た
凄い肩幅……
7回裏ツーアウト位から出て行って最後まで。そんな時代でしたね。
短くも鮮烈な伝説の投手ですね。淡々としててもったいぶらない投球が今でも目に焼き付いています。
キューバのリナレスって中日来た奴?
こいつも星野に壊されたか
“あの球団は すぐピッチャーを潰す”と言った者が いたように 中日は ピッチャーを こき使う! その結果 与田投手も 早死にしたのではないかな?
一年目から肩幅がえらい事になってるw
ワタクシがこの時代ファンになった選手が与田さんを含め巨人の斎藤雅樹さん、ヤクルトの池山隆寛さん、広島の前田智徳さんでした。
不思議と4名ともAB型でした…(笑)
やはりAB型って少数精鋭だけに光る物があるんですねえ…
与田の投げ方は綺麗でカッコいい。
キューバの打者に金属バットって恐ろし
同世代ですが漫画や映画じゃなくて男から見てリアルに初めてカッコええ!と思ったのが与田さん。
レプリカのサインボールは今も部屋に飾ってます。
しかもイケメン!
当時はスピードガンの精度が低い時代で150キロオーバーはマジで凄い!!
今で言うと160キロ近くなのかな?😅
肩幅くん
死人に口なしといったものですが、
当時の星野監督は、与田投手への酷使で大きな宝を失ったにも関わらす、太く短くの何人も投手が潰れていきましたね・・・・。
何と悔やまれる投手起用だったの
でしょうか・・・。
こんな起用法をする監督は、
今ではもう必要ありません!
感情的になってしまいましたが、
当時、この与田投手のダイナミックな躍動感あるフォームから繰り出される、しびれるストレートに
虜になっていました。
プロとして短い野球生命でしたが、プロ1年目の雄雄しさは今でも
忘れられません。
私の中では、記憶に残る選手の
一人です!
与田投手、感動ありがとうございました!
150kmにわいた時代。
今は160kmでないとわかない時代。
この時代のスピードガンで150以上連発はやばい
速い!現代の160キロの投手より速く見える。
星乃に壊された
与田もそうだが、このあと中日に森田という背は低いが良いリリーフ投手が活躍していたが、その人も星野にツブされた印象が強烈にある
ボロボロになって阪神来た時はもう見る影も無かったな
投げすぎ。
与田さんの球はもっと速くみえる
江川氏の投球は、1981年9月9日の大洋戦の球速をAIで解析。当時のスピードガンで144.5キロだったが、実際は158キロだったことが判明している。
【只今のスピード】にエモる
与田剛さんの亜細亜大学硬式野球部の1学年後輩に元亜細亜硬式野球部監督を務めた生田勉さん
与田といい、元巨人の石毛といい、
守護神であるがゆえに不憫さもあった…
MAX145キロの触れ込みだったのにオープン戦で軽く超えた。
凄い。
リナレスに南牟礼豊蔵さんと後に中日のユニフォーム着る選手たちが
与田デビューの日に、大洋の佐々木主浩もデビュー。