@thasechan4052 on 2022-07-04 3:03 PM オルテガが暑さで?5R頃に突然動きが止まり、ロープに詰まるも攻めきれなかったですよね。で、オルテガが回復してペースを取り戻したんでしたね。
@user-fm8iz5by9t on 2024-07-14 9:36 PM 日本ボクシング界冬の時代を象徴する試合だったと思います。1976年10月の具志堅から78年8月の工藤政志の戴冠まで日本人挑戦者は負け続けました。その間の世界戦挑戦で、チャンスがありそうだと期待できたのは、小熊、小林の元世界王者と辻本章次、笠原優ぐらいだったと思います。その中でこの試合は、オルテガのレベルの低さからあわよくばの期待がありました。地方紙に掲載された共同通信の事前記事では、「上原優位」の予想だったと記憶していました。しかし当時の新聞記事の精度はひどいものだったんですね。動画中に指摘されていましたが、「アルゲリョ引退」「ホセ・デュラン」には唖然としました。「リアスコ対オルテガが王座決定戦」も明確な誤りです。フリッパーの挑戦者としての適格性への疑義も同感です。日本王座維持もおぼつかない状況での挑戦は、今の日本ボクシング界では考えられないこと(あえて言えば、お手軽な挑戦者として敵地で挑戦することしか可能性はないでしょう)です。しかし、当時はアリでした。それほど人材は枯渇し、その一方で、民放局は内実にかかわらず視聴率を計算できる日本人絡みの世界戦を渇望していたという現実があったと言えるでしょう。上原の挑戦を弁護するのであれば、シゲ福山を日本で圧倒したコティに、上原は敵地ガーナで善戦したという実績が挙げられるでしょう。コティに比べたら、オルテガははるかに狙い目のチャンピオンでした。それなのにあの展開はーー。5ラウンド、突如、動きが止まり、ロープにもたれかかったオルテガの姿は一瞬目を疑いました。それ以上にその千載一遇のチャンスに何もできなかった上原には目を覆いたくなりました。確かに何が起こったのか把握できず、もしかしたらカウンターを狙って誘っているのかなと、こわごわ手を出す上原の気持ちも分からないでもないのですが、そこまでの展開を考えると、後先考えずに全力で攻めるのが最善解だったはずです。この回終了のゴングが鳴った時、「ああ終わった」と思ったことを鮮明に思い出しました。ロイヤル小林が戦っていたらーー。敵地では判定負け(ちなみにアルゲリョに敗れた後の76年2月にパナマでエミリオ・サルセドという無名選手と戦い2回のダウンを与えるも判定負け)、日本でやったら五分五分(強打がさく裂すればリアスコ戦の再現、当たらなければフラストレーションがたまる展開の末判定負け)といったところではないでしょうか。70年代後半の掘り起こしはぜひ続けてください。鈴木利明の動画はとても面白かったです。五十嵐力、アポロ嘉男、柏葉守人、コング斉藤、風間清あたりも取り上げてほしいところです。
3 Comments
見てました 記憶あります この試合の前にユーゴバラザにカウンター一撃でやられてますね
オルテガが暑さで?5R頃に突然動きが止まり、ロープに詰まるも攻めきれなかったですよね。で、オルテガが回復してペースを取り戻したんでしたね。
日本ボクシング界冬の時代を象徴する試合だったと思います。1976年10月の具志堅から78年8月の工藤政志の戴冠まで日本人挑戦者は負け続けました。その間の世界戦挑戦で、チャンスがありそうだと期待できたのは、小熊、小林の元世界王者と辻本章次、笠原優ぐらいだったと思います。その中でこの試合は、オルテガのレベルの低さからあわよくばの期待がありました。地方紙に掲載された共同通信の事前記事では、「上原優位」の予想だったと記憶していました。しかし当時の新聞記事の精度はひどいものだったんですね。動画中に指摘されていましたが、「アルゲリョ引退」「ホセ・デュラン」には唖然としました。「リアスコ対オルテガが王座決定戦」も明確な誤りです。フリッパーの挑戦者としての適格性への疑義も同感です。日本王座維持もおぼつかない状況での挑戦は、今の日本ボクシング界では考えられないこと(あえて言えば、お手軽な挑戦者として敵地で挑戦することしか可能性はないでしょう)です。しかし、当時はアリでした。それほど人材は枯渇し、その一方で、民放局は内実にかかわらず視聴率を計算できる日本人絡みの世界戦を渇望していたという現実があったと言えるでしょう。上原の挑戦を弁護するのであれば、シゲ福山を日本で圧倒したコティに、上原は敵地ガーナで善戦したという実績が挙げられるでしょう。コティに比べたら、オルテガははるかに狙い目のチャンピオンでした。それなのにあの展開はーー。5ラウンド、突如、動きが止まり、ロープにもたれかかったオルテガの姿は一瞬目を疑いました。それ以上にその千載一遇のチャンスに何もできなかった上原には目を覆いたくなりました。確かに何が起こったのか把握できず、もしかしたらカウンターを狙って誘っているのかなと、こわごわ手を出す上原の気持ちも分からないでもないのですが、そこまでの展開を考えると、後先考えずに全力で攻めるのが最善解だったはずです。この回終了のゴングが鳴った時、「ああ終わった」と思ったことを鮮明に思い出しました。ロイヤル小林が戦っていたらーー。敵地では判定負け(ちなみにアルゲリョに敗れた後の76年2月にパナマでエミリオ・サルセドという無名選手と戦い2回のダウンを与えるも判定負け)、日本でやったら五分五分(強打がさく裂すればリアスコ戦の再現、当たらなければフラストレーションがたまる展開の末判定負け)といったところではないでしょうか。70年代後半の掘り起こしはぜひ続けてください。鈴木利明の動画はとても面白かったです。五十嵐力、アポロ嘉男、柏葉守人、コング斉藤、風間清あたりも取り上げてほしいところです。