#アブドラザブッチャー #プロレス

伝説のプロレスラーであるアブド・ラ・ザブッチャーのエピソードを紹介します。
日本で最も成功したと言われるレスラー。
プロレスファンじゃなくても当時誰もがブッチャーを知っていました。
なぜなのか?

【動画内容】
1 入場曲
2 傷
3 凶器シューズ
4 リングネーム
5 親日家でタニマチが日本全国にいた
6日本で大人気になる
7安岡力也との乱闘

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26 Comments

  1. ブッチャーがブイブイいわしてた頃は俺新日派だったんで生で観たのは晩年、インディーズ系の興行だったと思う
    それでも生ブッチャーは感動した覚えがあるわ

  2. それにしても全日本の入場テーマ曲選びにはセンスがある。コアな洋楽ファンがいたんだろうけど、いったい誰が選曲していたのだろうか。いくらプログレが当時そこそこ流行っていたとはいえ、悪役レスラーのテーマにピンクフロイドの曲を当てるという発想はなかなかできないと思う。しかし、それならなおのこと、なぜブッチャー、シーク、シンで入場テーマ曲を分けなかったのだろうか。極悪レスラー同士が闘うというときに同じテーマ曲が流れてきたのでは滑稽でシラけてしまう。

  3. 田舎の数十年前の話。
    レスラーの会場入りの時、入場待ちをしている客の前を無言で足早に通り過ぎるレスラーが多い中、ブッチャーだけは振り向いて皆に手を振って会場に入った。
    もの凄い大歓声が上がり、拍手喝采だった。白いスーツとサングラスが似合っていて、とてもかっこよく見えた

  4. 今はブッチャーの弟子のアブドーラ小林さんがブッチャーみたく先の尖ったブーツを履いてるよ😃

  5. ジャイアント馬場のプロモーターとしての能力の賜という事も考えられますね。プロレスは商売、いかにお客様を集めるかですよね。ただし、命かけていますが。勝つか負けるか筋書きのあるドラマが繰り広げられる(たいていは)、ドラマでもファンはガチだと思いそれに見入る。それでもいいと思います。

  6. 日本でヒールレスラーが声援を浴びるようになったのは、ブッチャーが初めてではないでしょうか
    巨体の割に動けるし、何か愛嬌感がありましたからね

  7. ブッチャーさん多分180ないと思う
    ハッスル見に行った時曲がり角でばったり会ったけど
    182の俺の目線に額の傷だったからw

  8. 必ず流血するブッチャーの試合には、
    サイン色紙を持参して流血した時に近づいて、
    色紙に血糊を付けていた客がいたなぁ。

  9. 樋口さんは英語が堪能で、しかも縁の下の力持ち的な性格。晩年ノアで大切にされたのも判る。

  10. ラッシャー木村戦の後だったかファンに握手求められたら全く嫌がること無く手差し出してるのが映ってて良い人なんだなぁって思った記憶

  11. CMに出演するときに、頭の生傷をメイクさんがテープを貼り、ドーランを塗って目立たないようにした、撮影が終わってテープを剥がそうとしたところ、ブッチャーが「ギャッ」と叫んでのけぞった、テープには血が付いていた、メイクの女性はその場で失神した、あの生傷はちょっとした刺激ですぐ流血するらしい。

  12. ブッチャーは力道山と米国で会っていますが力道山時代に来日することはなかったですね。
    ブッチャーが日プロ初来日時にはスマートでした、確かプリンス・ピューリンという黒人も来ていました。
    黒人嫌いのデストロイヤーはブッチャーが大嫌いでした。
    ブッチャーの反則に怒った観客の男性が(どこの会場だったか?)ブッチャーに殴りかかったがいとも簡単に跳ね飛ばされたのを笑って観ていたのを思い出します。
    私は中学生でしたが「スーダンの呪術師」を半ば信じていましたが実はシカゴのスラム街の出身。
    ブッチャーが墓の下の力道山に当てて書いた英文を見ると、あ~こういうレベルなんだ(失礼)と感じましたが同時に意味は通じていますので日本人も臆せずに英語を使ったら良いと当時は思いました

  13. ブッチャーさんは賢い人、ブッカーの望むとおりに観客をわかせお客を呼べる、プロレスラーで長生きする人は少ないので長生きしてください

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