アントニーはベティスの新加入選手発表会で涙を流しながら、「あの時、どれほど辛かったかは家族だけが知っている」と語った。
「別々に練習していた。でも、この素晴らしい瞬間が来ることは分かっていた。もちろん、最終的にそうなるかどうか不安だったが、強い信念を持って待っていた。やっとここに来た。40日以上ホテルにこもっていた。本当に辛かったけど、みんな僕がベティスに戻りたがっていることを知っていた。今は時間が増えたから、やるべきこと、達成したいことがたくさんある。ベティスサポーターのたくさんの愛情に圧倒されて、なかなか眠れなかった。午前2時に家に待っていてくれた人もいたんだ」
「大切にされることは私にとってとても大切なことで、お金では買えないもの」とアントニーは続ける。
「ここでは良い気持ちになり、たくさんの愛情を感じた。ここがずっと僕の第一希望だったからこそ、ベティスに戻るのは最後の日まで待ったんだ。今はここにいて、大好きな街、大好きなクラブで幸せに暮らしている」
また今夏の移籍劇について「5つ以上のクラブから声がかかった。でも、いつも言っているように、私の第一候補はベティスだった」と想いを語った。
5つのクラブの中にはドイツ王者のバイエルン・ミュンヘンもあったという。同クラブは2倍の給与を提示していたというが、アントニーの心は動かなかった。
「契約が成立する前日に、私はバイエルンの人々と話をした。しかし、バイエルンと話したとき、ベティスとの契約は95パーセント完了しており、約束を守ると伝えた。敬意と愛の気持ちから、そしてここでとても幸せだと自覚しているからこそ、そうしたんだ」
「彼らが私に700万ユーロ(約8億1500万円)の給与を提示していたかどうかは分からない。世界トップクラスのクラブであるバイエルンには敬意を払うが、自分の決断に満足している。将来何が起こるかは分からないが、自分の決断には非常に満足している」
https://web.gekisaka.jp/news/world/detail/?436186-436186-fl
https://news.yahoo.co.jp/articles/a17263aeba8c66ac81d44c8682aee2abb0ce8846
一部:VOICEVOX:青山龍星
強く残留を求めていた同僚の元スペイン代表MFイスコ
「彼が少なくともあと1年は残れるように、クラウドファンディングをする必要がある」
「トリアナのアントニオ、お前を誘拐する。これは最初の警告だ」SNSでジョークを送った。数日後、元ベティスのホアキンも「彼を誘拐するために車を提供しなければならないとしても、そうする」「どんなことがあっても、彼はここにいなければならない」とメッセージを書いている。
そして今回復帰が正式に決定すると
「やあ、トリアナのアントニオ。結局君を誘拐する必要はなくなったね笑 君がこの家に戻ってくれたことをとても嬉しく、誇らしく思うよ。クラブ、そして君自身の努力に感謝している。何より最終日まで待ち続けれてくれた勇気にも拍手したい。最高だね、ムチョベティス!」と歓喜のメッセージを送った。
遊び心のあるブラジル人選手が大好きなので、アヤックスでも応援していました。
しかしマンU移籍には金額の面などを含め大きな驚きでした。
明らかに小柄でプレミアリーグでプレーするにはアスリート能力が足りていないように見えたからです。ウイングは相手DFと1対1になる場面が多く、どうしてもある程度のアスリート能力、特にスピードが必要になります(これはデパイがウイングでプレーしていた時にも感じましたが)
このタイプのウインガーはある程度内側の立ち位置をとって、周囲と連携しながら、なるべく1対1の状況をつくらない選手もいますが、アントニーはわりとタッチライン際に張るタイプで、さらに右足も得意ではないのでプレーの引き出しは必然的に減り、苦しみました。(それでも守備は頑張っていました)
そしてスピンや怒りっぽい性格に、OBからの苦言など、サポーターに嫌われた恩師の連れてきた愛弟子と名門不調の象徴の1人になっていました。
「エリック・テン・ハグやルベン・アモリムの下では、ユナイテッドを取り巻く全てが葬式のように見えた」とも本人は語っていました
南米人も多く、仲の良い同胞ナタンやチリ人指揮官マヌエル・ペジェグリーニの存在もあり、さらに特大の愛情をくれるベティコ。彼にとって最高の環境で頑張って、W杯にもベストコンディションで参加して欲しいです。
マドリーやシティでは不憫な扱いだったマヌエル・ペジェグリーニ監督のサッカーは自由度が高く面白いです。リケルメやイスコなどクラックを再生も上手いインジェニエーロ(エンジニアの意味)も応援しています。
1 Comment
給与2倍のバイエルン移籍を断って、ベティス復帰を選択したようです