ラストシーンを修正

自身の公式『X』を通じて、これまでの感謝の言葉を伝えている。

「これは決して簡単な決断ではありませんでした。熟考した結果、サッカー選手としてのキャリアを終えることを決意しました」

「まずは、ウェールズ代表について話したいと思います。代表のユニフォームを着て、多くの素晴らしい時間を経験できたことは、大きな喜びでした。これまで指導を受けた監督、色々な形で支えてくれたスタッフの貢献なしには実現できなかったと思います」

「Red Wall(ウェールズ代表サポーター)の皆さん。皆は、どんな時もずっとそばにいてくれました。喜びも悲しみも分かち合い、私たちの成功に欠かせない、かけがえのない存在でした。感謝してもしきれません。あらゆることを乗り越えることができましたし、みんなを代表できたことは大きな喜びです」

「次に、これまでプレーしたクラブにも感謝したいです。私の夢を実現して、最高のレベルでプレーできるように支えてくれた監督やスタッフに感謝したいです」

「そして、家族全員に心から感謝したい。みんなの支えがなければ、これらのことは実現できなかったと思います」

https://news.yahoo.co.jp/articles/9353b79fc96c2f81b4ff8187bc722ade2e7c1a6b
https://grokipedia.com/page/Aaron_Ramsey

弟のジョシュはラグビーでウェールズの世代別代表になったようです。(その後は不明)
また動画内にもありますが、長男ソニーがカーディフのユースに所属

ちなみに相棒ベイルはゴルフ大好きでしたが、ラムジーもゴルフ好きなようです。

今でもアーセナルで最も好きな選手です。

私が彼を知った時、すでにショウクロスによって足を破壊された後でしたが、皆口を揃えて「あの怪我がなければ」と言っていたのを覚えています。

しかし、個人的な感想ですが、最初は正直それほど優れた選手に思えませんでした。
相手に囲まれた時に抜け出すのが妙に上手いなという印象だけで、彼の良さが当時の私には理解できませんでした。
当時セスク・ファブレガスという主将であり、クラブのアイコンがいたので私は彼の方に注目していました。

しかし、毎年バルサ復帰の噂が出ては残留が続いていたセスクがついに去り、ナスリもシティへ、ついでにクリシーもシティへ行き、絶望を味わうと、 そこへファン・ペルシーがついに復活し大ブレイク。そしてマンUへ、再び絶望。

そこへ出できたのが覚醒のラムジーと天才ウィルシャーだったと思います。

そして翌年にはソングがブレイクしバルサへ

とにかくエミレーツスタジアムの借金を返済するまでは、毎年ブレイクスターを売っていた印象です。

ラムジーの話に戻りますが、正直ウィルシャーの方が圧倒的に才能を感じました。
左利きで柔らかいボールタッチに推進量もあり、時に熱く時に優雅にチームを指揮していました。
天才と呼ばれていたラムジーがより凡人に見えるほど彼の輝きは凄かったと思います。

ただ2013-2014シーズン、アーセナルは間違いなくラムジーのチームでした。
ピッチの隅から隅まで走り回りながらも、その持ち前のテクニックを披露。さらにランパードに例えられるほどタイミングのいい飛び出しとフィニッシュワーク。
本当にスーパーマンでした。
今考えるとウィルシャーら一般的な天才と違い、おそらく使う側より、使われる側の方が向いている選手で。エジルやサンティ・カソルラの存在が彼のポテンシャルを存分に引き出したんだと思います。
いわゆる「8番」として個人的に今でも1番好きな選手で、頑張り屋な面が怪我に苦しんだ理由だとは思いますが、怪我がもっと少なければと今でも思わずにはいられません。

ちなみに現在ニューカッスルに所属する兄ジェイコブ・ラムジーを持ち、レスター・シティに所属するアーロン・ラムジーがいますが特に血縁関係はありません。

個人的にこの動画が大好きで今でも何度も見てしまいます。

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