左足から繰り出す強烈なシュートを得意としていたことからレフティーモンスターと呼ばれた天才プレイヤー。
中村俊輔や名波浩らと同じ天才系のレフティだった。
四日市中央工業高校時代は、中西永輔や中田一三と四中工三羽烏と呼ばれた。
1992年の第70回全国高等学校サッカー選手権大会で帝京と両校優勝をした。
高校選抜でオランダ遠征をした際に、左足首靭帯を損傷した。
1992年に名古屋グランパスエイトに入団。初年度のJリーグカップで活躍した。
名古屋グランパスではストイコビッチやリネカー、ベンゲル監督など凄いメンバーと共演した。
1993年にオランダ2部リーグのエクセルシオールへレンタル移籍した。
公式戦18ゴールの活躍を見せてオランダ1部リーグのフェイエノールトやアヤックスからのオファーが噂された。

アトランタ五輪出場に向けて西野監督の説得もあり、日本復帰を決めた。
この時のU-22日本代表は前園真聖、城彰二、川口能活、中田英寿、伊東輝悦など史上最強と言われたメンバーだった。

1994年のキリンカップでは、オーストラリア戦でA代表デビューをはたし、その次のカントナ、パパン、デシャン、デサイーら凄いメンバーが揃うフランスから代表初ゴールを決めた。アシストは三浦知良だった。

1995年のアトランタ五輪アジア1次予選の初戦タイ戦で1ゴール1アシストの大活躍を見せたが、悪質なファウルで右膝内側側副靱帯損傷した。
その後復帰をはたすが、最終予選直前のマレーシア合宿で、デコボコピッチでの着地に失敗し、右足後十字靭帯を断裂した。
オリンピックのピッチに立つことは無かった。

その後は、ジェフユナイテッド千葉、東京ヴェルディ、コンサドーレ札幌、ヴァンフォーレ甲府に移籍し、2006年に引退した。

久保建英や堂安律らと同じ前線のレフティ。共通する部分も多い。

#小倉隆史
#中田英寿
#南野拓実
#久保建英
#名古屋グランパス
#古橋亨梧
#伊東純也

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28 Comments

  1. 消えた天才とは正しく彼の事だろうなぁ今見ても日本の選手には無いレベルです。

  2. こういう、ラフプレーは見てて面白くない。
    私たち、サラリーマンが同じように会社で人を怪我をわざとにさせたら、懲戒処分や刑事裁判まで発展する場合もある。

    スポーツも同じようにいかにもわざとだろうと言う場合は一生、そのスポーツをさせなくさせればいい。

    ピッチ上で人を殴る蹴るなど、本当に見たくない!
    純粋に一生懸命しているスポーツが見たいのに…。
    そんな殴る蹴るを見たいのならキックボクシングとかを見ればいい。

  3. たらればの話になっちゃうけど小野と小倉がケガしなけば、てのは思う
    とくにあのフィリピン野郎今どこでなにしてんだか

  4. ドリームチームと言われた早熟タイ五輪代表相手に素晴らしい活躍を見せてくれてオリンピックへの期待がハンパなかった。 その試合に出ていたタイ史上最高のGKと謳われたワチャラポン氏は若くしてこの世を去られてます。

  5. 金子達仁氏がレフティモンスターの名付け親と聞きました。小倉隆史さんを知りたければ、彼の本を読むと良いと思います。

  6. 天才というか怪物だった 合宿での怪我が悔やまれる…あのままオリンピック出てたらメダルも夢じゃなかったと思う そしてそのあとも

  7. この時の高校サッカーゲストはカズだった。「小倉くんは確かにすごいですが、ブラジルには同じ年代でもっとすごい選手がたくさんいますよ」って言ったのを覚えている。

  8. 歴代サッカー選手で一番好きな選手
    オグ、ゾノのアトランタ世代から伸二の黄金世代までの怪我やスランプに泣いた天才達が何事も無かった世界線の代表が観たかった~

  9. 当時小学生だった僕の記憶にも小倉の選手権でのプレーは鮮明に残ってます。オランダでの貴重な映像も見れて嬉しいです。動画投稿してくださってありがとうございます

  10. よく小野にしても今の選手が上手いって褒めてるけど、世代が変わっても違いの感じる選手ってどの世代でもやっぱ突出してると思う。小倉、中田、中村、小野はどの世代でもやっぱり上手いと思う。

  11. デビュー直後は衝撃的でしたね!

    左利きでもありましたし、間違いなくカズと2トップを組んで、日本代表をW杯に連れて行ってくれる素材だと確信していました。

    2022年8月30日(火)

  12. しかし三重県は人口の割に小倉、中西、水本、山口蛍、浅野、旗手、町野、水本、森島といい選手を排出してるな、三重にJリーグはないけど…

  13. 小倉の事は高校生の頃から見ていましたが、ゴールへの嗅覚というかゴール前での存在感は群を抜いていた印象ですね。そしてグランパス入団1年目のヤマザキナビスコカップでいきなりレギュラー出場し、チーム得点王タイの5ゴールを挙げたのも印象に残っています。
    あの怪我さえなければ、きっと日本代表の中心選手として活躍してくれたであろう存在だっただけに、悔やまれますねえ。

  14. あの怪我は残念過ぎるのと同時に大トラウマ着地と共に膝が逆になる映像は血の気のひきました

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