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17 Comments
忘年会でライブ参加できませんでした。今からゆっくり動画を拝見します。
ビルロビンソンといえば私の世代ではジャンボの好敵手というイメージですが、伝説の猪木戦の裏話、楽しみです。
馬場さんにすれば猪木と引き分けたロビンソンに負けてベルトを渡すのは嫌だから、国際プロからカマタを全日本へ移籍させることをOkしてくれた吉原功国際プロ代表へのお礼として虎の子のPWFのベルトを反則負けではあるが、カマタへ移動させることをして、カマタからロビンソンに渡るようにした。馬場さんは全日本のリングでカナダ・カルガリ―の流血抗争のブッチャ―対カマタ戦を全日本のリングで実現させたかったこともあるようです。ロビンソンはその後、ブッチャ―に負けて王座転落しましたが、これも、全日本を盛り上げたブッチャ―への馬場さんのお礼のようでロビンソンは繋ぎ役にされた感じです。ちなみにこの日は私の誕生日でデコレ―ションンケ―キを食べながら、熱戦をみていました。ロビンソンはその時は中々、フォ―ルできないレスラ―というイメ―ジで卍固めが時間切れ寸前で決まったのでほっとしました。
カールゴッチを師匠とし、鉄人ルーテーズを倒し、ビルロビソンとは5勝1敗、帝王カネック
今日も意外な舞台裏のお話とても興味深いお話ばかりでとても楽しめました。
しかしロビンソンと10年契約は驚きました。しかしロビンソンとゴッチの仲違いの理由笑えますね。
渕さんの話によると80年最強タッグにロビンソン・ゴッチ組を参加させようと馬場さんが動いていましたが実現できなかったと
言ってました。当時ゴッチと新日本プロレスとは契約はなかったとのことなのでロビンソンが嫌がったのが原因なのかな?
ゴッチベルト立ち合い100万、、ありそうですね。テーズも自身のベルトを借用することで儲けていた話、似てそうもなくて
案外似てますね、この二人。
来年も楽しみにしてます!!良いお年をお迎えください
山本某氏は表向きはレンタカー会社をやってましたが裏の顔はY組の幹部だったそうです、恐らく実際に仕掛けたのは元子さんだと思われますね。あと、ロビンソンは両天秤かけてたようですね。その証拠が新日参戦前にサーキットしていたテリトリーが何と「全日のシマ」であるアマリロ@テキサスだった事です。
Liveお疲れ様でした!
百田家後見人の山本氏ですが猪木さんのこんなコメントがありました。
「10月9日に蔵前でテーズと試合をやった時、山本氏が着流しでやってきて、12月11日に追善興行を武道館でやることを決めたので出場してくれといってきた」
これを断ったことで組関係の嫌がらせが始まったようです。
着流しで会場に現れるというのは、猪木さんへのある種の威嚇ですから・・そういう事でしょう笑
そういう事も含め、当時若かった敬子さんですからきっと男性関係も色々あったんだろうな~と😅
なので普通なら経験しないであろう事を色々経験されている敬子さんの人物像に興味あるんですよね
話は違いますが昨日は開演前からコメントで盛り上がっていて、スーパーチャット入れる方も多く私も嬉しく思いました。
(余計なお世話ですが)来年さらにチャンネルが盛り上がって欲しいですね☺
猪木が馬場に盛んに一騎打ちを迫っていたこの時期。
猪木がロビンソンと戦うことが決まって、馬場もOP選手権を
開催し、猪木にもおいでと呼びかけた。
猪木もホントに馬場とやりたければ、ロビンソンを連れてOP
に出たらよかった。
当然ながら双方ともに本当にその気はないし、だからこそお互い
に同時期にビッグマッチを組んだ。
それが両団体間のブックだったと思う。
ロビンソンは自身の著書で「ゴッチは全然大したことはない」と
明言していたし、ロビンソンの性格なら他を見下すことは当然。
個人的には1975当時なら年齢的にロビンソンが強いだろうが、
ベースの強さは同じくらい。が、ロビンソンの方が時としてエキセン
トリックな動きをする。
今になって思えることですが、馬場さんロビンソンを明らかに引き抜いてますね(笑)
その6年後にブッチャー引き抜かれて「売られたケンカは買う」って引き抜き合戦になりましたが、馬場さんの方が先じゃん!て
笑えます。
昨夜はライブで観れずにすいません。
あらためて拝見させて頂きました😊
この時代は僕も小学校から中学校くらいで毎週楽しみでみていたころで懐かしいですね。
よろしくお願いいたします
この試合見に行きました。
チケットはピンク色です。
今もチケット大切に取ってあります。
猪木さんにベルトを確か何百円だったが、譲り受けたNWF世界選手権はパワ―ズがその頃から不動産業に力を入れており、日本にやってきた時は猪木さんとタイトル戦をやっての不動産業の資金稼ぎだったようで旗揚げ時にはパット・パタ―ソンとのコンビで北米タッグ王者の名目で来日しましたが、実はプロレスが下手でパタ―ソンから「このバカ野郎!しっかりやれ!」と怒鳴られていたそうです。でも、私はそれは動きはスロ―ですが、そのようには見えず、猪木さんとのNWF世界選手権は見応えがありました。ただ、猪木さんがアリとの格闘技戦に向かうと「イノキはなぜ、格闘技戦なんかやるんだ?俺達とタイトル戦やっていれば客は入るだろう。」とぼやいていたそうです。
訃報。キラ―・カ―ンこと小沢正志さん死去。動脈瘤破裂で急死、享年76歳。木戸さんに続いて小沢さんまで悲しいです。
勝手な自論ですが、猪木がロビンソン戦をあまり好きじゃないのは、翌年に馬場がロビンソンをあっけなく下したからではないでしょうか。馬場に敗れて鶴田のライバルになったロビンソン戦を自分からは絶賛するわけにはいかなかったのでは。ただ猪木の心の中では内容にはある程度満足していたと思います。周囲もこれだけ絶賛してくれるわけですから。あくまで自分の妄想ですがw
猪木はロビンソンとやったみたいにバックランドとやりたかったんだろうけどバックランドは下手過ぎて上手くいきませんでしたね。
この試合フルで観たけど何回観てもロビンソンに押されてたと思う。一本目フォール取られたのが40分過ぎだったのもあるけど、技術でロビンソンが上回ってた。
馬場はわるいやつだ。大金だしてロビンソンをまけさせた。
猪木も大金だせばリングアウトかアクシデントがらみでロビンにかてたのだろうが、そこまでしなかった‥ ロビンのプライドをかんがえたことと、なによりも最高の試合をすること、ファンにみせることを優先したからだ。
なんでも金で解決しようとする馬場とそうではない猪木との人間性のわるい、よいがはっきりわかる。