今回はMLB屈指の名門球団「ニューヨーク・ヤンキース」について動画を作りました。思い返せば、ヤンキースは私が野球に全く興味のなかった幼少期から知っている世界的にみても超有名なスポーツチームです。もちろん、当時毎日のようにテレビニュースのスポーツコーナーで松井秀喜の情報が流れていたということもありますが、街を歩けばNYキャップを被っている人を見ない日はないほど我々日本人にとっても馴染みの深い球団であることに変わりありません。2023年9月17日現在、ヤンキースはア・リーグ東地区4位に甘んじていますが、ワールドシリーズ優勝27回という輝かしい実績を持ち、世界一の大都市に本拠地を構える球団がどのようにして歴史を紡いでいったのか。今回、そのほんの一部分だけですが調べてみて大変面白かったです。
※ジャイアンツの旧本拠地ポロ・グラウンズの形はかなり独特ですが、野球ゲームMLB the Showで一番お気に入りの球場です笑
◆前回の動画
◆引用、参考文献など
https://docs.google.com/spreadsheets/d/e/2PACX-1vRoqQJss-b0QD8r-IqnjBRtaeUnsPJKpLE65h3rAnGrJAo2Cal1JM5kJnT9iUxcLjRGwIO-5dRVheu-/pubhtml
#MLB #ヤンキース #ベーブルース #ニューヨークヤンキース
31 Comments
ニューヨークヤンキースは野球知らない国も知ってる名前
動画見たうえでコメントします。ヤンキースの最初の黄金時代は確かにルースの移籍によってもたらされたと言われています。しかし、他の見方もあります。それはヤンキースに移った(主にトレード)されたのはルースだけではありません。通算200勝投手のカールメイズ(打者のヘルメット義務化のきっかけとなる事件起こしている投手)、監督のエドバローなど複数人います。エドバローはヤンキースGMに就任して、長髪無精ひげなどを禁止して紳士的なイメージを植え付けることに成功しました。1921-1930年代のヤンキースリーグ優勝時にロースター入りしていた25人の内1/3以上は1910年代後半のボストンレッドソックス出身者が占めていたことから、「ボストンレッドソックス出身者による黄金時代」とも言われています。レッドソックスの低迷はルースではなく、経営に失敗して、ファイアーセールしたハリーフレイジーの仕業だと思いますね
クオリティたっか!もっといっぱい動画出して欲しい!
そしてもっとひろめてほしい
ニューヨークメッツやNBAニューヨークニックスのメインカラーが青と橙なのは
かつてNYにあったジャイアンツとドジャースのカラーから採ったって言われてますね
でもなんで弱小球団だったのにベーブルースとかを獲得して活躍させられるだけの資金力があったんだろう?
仮にベーブルースを獲得できなくてもそのぐらい資金力があるんだったら金の力で黄金時代は築けただろうし、ベーブルースが来る前からもっとチームを強くできたのでは?って思ってしまう
ニューヨーク在住、ヤンキースファンです。息子が。素晴らしいクオリティですね。見入ってしまいました。
次回動画も期待しています!
上手にまとめ上げた動画ですね。よく分かりました。一つだけ惜しかったのは、最終最後で「谷」が消えていた点。「大選手(おお選手)」になってたのが残念。
あら 聞き覚えの声!
讀賣ジャイアンツも 同じ感じだね 長嶋さん入団前も ヤンキースほど 弱くなく強かったが
長嶋さん入団 後に 王さん それ以降 V9時代
長嶋さんも 本当は 南海に 行く予定だった
Wikipedia曰く初代オーナーのルパートは醸造所の相続人で連邦議員を務めた経験もあるなどやはり資金力は並のものではなかった。1923年はルース、ホイトら他球団(BOS)から獲った選手が活躍したが27年以降はゲーリッグに始まり近年はcore4と金に頼った補強ではなく地道に選手を育てていく事で何度も黄金時代が作られてきた。早くジャッジに新しい章を作ってもらいたい
殺人打線で有名…。
田中将大は低迷期のエース。
よくわからなっかたのは、なぜヤンキースはベーブ・ルースを獲得するほどの財力があったのか?もともとお金は持っていたってこと?それとも頑張ってベーブ・ルースを買ったの?
米国で一番歴史の古い球団だと勘違いしていました。わかりやすくて勉強になりました。ありがとうございました。
おもしれーチャンネル見つけてしまった
レッドソックスって今でもルースを引き合いに出して遺恨に思ってるファンが多いけど完全に逆恨みで草
レッドソックスフロント「ルース活躍して年俸高なったから弱小(ヤンキース)に放り出したろwww」
↓
レッドソックスフロント「なんでや・・・」
世界一有名なチームエンブレムは間違いなくヤンキース。ほとんどの人が野球チームのエンブレムと認識してないでアイテムとして使用してると思うけど。
ルースが凄いのは当時二位以下を三倍近く引き離した数字は言うまでもないが、ホームランへの価値観を根底から変えたこと。
ヒット、盗塁にエンドランが喜ばれ、ホームランは試合の流れを止めてしまう、あまり歓迎されないものだったのが、
ホームランを野球の華に昇華させたこと。
それだけ観客の脳裏に焼き付く、量も質も圧巻の見事な一打の連続だったのだろう。
MLBの繁栄=ヤンキースの栄光=ベーブ・ルース。野球の醍醐味はホームランを定義付けたルースが偉大過ぎる。未だにメジャーリーガー達の間でサダハル・オーがリスペクトされているのもわかる気がします。
11:38
それは福留孝介さんの言葉ですよ💦
ヨーロッパに留学してた時、野球は知らんけど、ヤンキースのキャップを被ってる人は町中にたくさんいた。サッカーのユベントスが、エンブレムのデザインを真似したぐらい、ヤンキースのアパレル戦略は優れてる
日本で言うと
長嶋茂雄さんが巨人ではなく南海に行ってたらでしょうね
某ビシェットは草
5:11 ベーブ・ルースが決め手ではあるんだけれど1915年のウォーリー・ピップ、1916年のホームラン・ベイカーの加入も結構大きい
上り調子にきたヤンキースと凋落するレッドソックスが重なったのが1910年代という感じです
8:11 本人も打者としての素質があることに気付き打者へと変化していくのは間違いないのだけれど、当時のホームランに対する見られ方、1915年は100万ドルの外野陣なども含めて話さないと「ルース本人が既に二刀流を意識していたり」ような恣意的に論じているように感じます、また、既にレッドソックス経営陣の失敗が原因でダフィー・ルイスなどの選手がトレードに出されていた、スモーキー・ジョー・ウッドなど投手陣が計算できる立場にあった事などは書かないとWSで投手として登板した事が説明いきません
20:09 コロンビア大学時代の彼をみつけたポール・クリッチェル(タイ・カッブの飛び蹴りで蹴られてるキャッチャーの人)、ウォーリー・ピップが太鼓判を押したという挿話もあるのでそこまで全てルースの手柄にされるのは少し違和感あります
全体的にルースなくては、の筋で語られているのだけれど、せっかく第一次世界大戦に触れているのにも関わらず戦後の開放感やそれに伴うアメリカ経済の活発でマンハッタンが本格的に世界経済の中心になっていくなど、狂乱のアメリカ時代の中心にいたヤンキースとベーブ・ルースという点が抜けすぎていて全て「ベーブ・ルースがいたから名門になれた」という感じに見えます
むしろベーブ・ルースがいたから名門になれた、は1936年にオールスター連れてきた日本のほうがよっぽどで、もう少しポイントを見定めてさらって上げたほうが内容もギュッと締まったものになったように思います
フレージー「なんとなくホワイトソックスに送り込んだろ」
翌年:少年「嘘だと言ってよ、ルース!」
NY周辺の人口が多いから、集客が楽。
力作だと思うが2本しかないのが残念だな。飽きたかな?
これ一本作るのにどれだけの時間を要するのか、、。MLBの外人導入戦略とその歴史に興味があります。その辺を米国移民政策、MLBの世界進出戦略と絡めて考察したいただけると嬉しいです。
オリオールズは?⁉️
👉⚾素晴らしい動画見つけました✌💯興味深い内容でした🎵さっそく登録します👍最高😃⤴⤴⚾👈
今回も非常に興味深い動画をありがとうございます
ホームランもだけど打率も凄い。
トータルで見たらやはり最強打者だろうな。